祝「江戸川乱歩賞」受賞! 23歳の新星・荒木あかねインタビュー

文字数 5,513文字

史上最年少、23歳7ヵ月で第68回江戸川乱歩賞を受賞した荒木あかねさん。

受賞作『此の世の果ての殺人』は、小惑星衝突による地球滅亡が2ヵ月後に迫った世界で、主人公・小春(ハル)と自動車教習所教官のイサガワが連続殺人の謎を追う、という〝女性バディもの×本格ミステリ〟の傑作です。

各選考委員が絶讃した受賞作について、荒木さんにお話をうかがいます!



取材・文:朝宮運河

撮影:森清

このインタビューは、「小説現代」2022年9月号に掲載されました。

“見捨てられる側”の人に寄り添うこと

──江戸川乱歩賞の受賞おめでとうございます。受賞の第一報を受けた時は、どんなお気持ちでしたか。

荒木 すごく嬉しかったです。編集者の方から受賞のお知らせをいただいて、電話を切った後にその場で何度も飛び跳ねてしまいました。人間って嬉しいと飛び跳ねるんだということを初めて知りました(笑)。その際に編集者の方が作品の詳しい感想を伝えてくださって、それまで自分の小説を誰かに読んでもらうことがなかったので、とても記憶に残っています。


──選考会では満場一致で授賞が決まったとか。選考委員の皆さんも絶讃だったようですね。

荒木 憧れの先生方に読んでもらえるなら酷評されても構わない。わたしはこの作品が大好きだし、どんな厳しい評価も受け入れようと思っていたので、ありがたい選評をたくさんいただけて夢のようでした。この作品への愛がよりいっそう深まったと思います。


──受賞に対するご家族やご友人の反応は?

荒木 家族には小説を書いていることを秘密にしていて、最終選考に残ったよと報告したら驚いていました(笑)。ほとんど本を読まない家族なんですけど、乱歩賞に関心を持って、いろいろ調べてくれたのが嬉しかったですね。わたしがミステリーを読み始めた頃からの友人たちも、自分のことのように喜んでくれました。


──荒木さんが小説を書き始めたのはいつですか。

荒木 中学三年の夏頃からです。学校の図書室に入荷されてきた雑誌に、有栖川有栖さんの「探偵、青の時代」という作品が掲載されていて、「世の中にこんな面白いものがあったのか!」と衝撃を受けたんです。それまでも本は好きで読んでいたんですが、本格ミステリに触れたのはそれが初めてでした。


──「探偵、青の時代」は臨床犯罪学者・火村英生の学生時代を描いた短編ですね。どのあたりに衝撃を受けたのでしょうか。

荒木 いわゆる〝日常の謎〟を扱っている作品で、殺人事件を解決するような派手な展開はないんですけど、火村英生が些細な手がかりから答えにたどり着く姿に魅力を感じました。こういう小説をもっと読んでみたいと思ったのと、自分でも書くようになったのはほぼ同時でした。


──小説を書き始めた頃から本格ミステリ志向だったわけですね。では新人賞への投稿はいつ頃から?

荒木 大学生になって新人賞への投稿を始めました。これまで投稿したのは小説現代長編新人賞と、横溝正史ミステリ&ホラー大賞で、どちらも本格ミステリでした。小説現代長編新人賞は初投稿で二次選考まで残ることができたので、「本気でがんばれば作家になれるかも」、と大きな励みになりました。今回の江戸川乱歩賞が三回目の投稿です。


──江戸川乱歩賞に投稿された理由は?

荒木 第一線で活躍されている歴代受賞者の皆さんや、選考委員の先生方への憧れがあったからです。長い歴史をもつ賞ですし、「乱歩賞」という響きには思い入れがありました。その分畏れ多いような気持ちもあったんですが、一念発起してチャレンジすることに決めました。


──乱歩賞の過去の受賞作はお読みになっていますか。

 はい。歴代受賞作で好きな作品はたくさんあるんですが、薬丸岳さんの『天使のナイフ』、桐野夏生さんの『顔に降りかかる雨』などが特に好きです。


──昨年大学を卒業されて現在は社会人とのことですが、執筆時間を捻出するのが大変だったのでは。

荒木 『此の世の果ての殺人』はちょうど就職した年の春から執筆を始めたので、なかなかまとまった時間を作れずに苦労しました。スマートフォンのメモ帳機能を使って仕事の休憩中に書いて、それを自宅のパソコンに転送して、うちに帰ったらすぐ続きを書いて……という感じで大体半年くらいかかっています。仕事をしている時以外は、ほぼずっと小説を書いていました。


──『此の世の果ての殺人』は、小惑星の衝突を目前にした世界での連続殺人を扱っています。自動車教習所で知り合った二人が犯人を追う、という壮大なストーリーはどのように生まれたんでしょうか。

荒木 この小説の出発点は小惑星じゃなくて、実は自動車教習所なんです。大学卒業間際から自動車の免許を取りに行ったんですが、わたしは運動神経が鈍いので、教習所に通うのがとても辛かったんですね。他の人は坂道発進や車庫入れをすいすいこなしているのに、わたしだけが落ちこぼれで(笑)。あまりに辛いので、「これは小説の取材だ」と考えるようにしたんです。教官との会話も苦手だったんですが、小説のネタ探しと思ってがんばろうと。


──なぜ教習所のシーンから始まるのだろうと思っていたのですが、そんな理由があったんですね!

荒木 取材のふりをしているうちに、教官と生徒が謎を解くバディものって面白いんじゃないかなと思いつきました。ただその二人が警察を差し置いて殺人事件を捜査するいいシチュエーションが浮かばなかったんです。それで小惑星を衝突させて、警察がほぼ機能しない世の中を作ることにしました。それ以外に何か思いつければよかったんですけど(笑)。もともと星や天文学には興味があって、といっても専門的に勉強したわけではないんですけど、これを機会に取り上げてみたいという考えもありました。

──主人公の小春(ハル)は無法地帯と化した世界で、ひとり自動車教習所に通い続けている女性です。福岡県在住で社会人になったばかり、というプロフィールは荒木さんご自身と重なるところがありますね。

荒木 ハルは自分との共通点が多いキャラクターだと思います。人見知りで、色んなことが気になるという性格も似ているので、彼女のキャラクターは苦労せず作りあげることができました。書くのもあまり苦労がなかったと思います。


──そんなハルの教習に付き合ってくれるのが教官のイサガワ先生。地球の滅亡が決まった翌日も変わらず出勤したという彼女は、元警察官の頼れる女性です。

荒木 イサガワ先生はハルとの対比を意識して作ったキャラクターです。ハルが消極的なので、積極的に事件に首を突っ込んで、物語を引っ張ってくれる存在が必要だったんです。それで正義感の強い元警察官という設定が生まれました。ただ書いているうちにそれだけじゃないな、もっと複雑なものを持っているなと気づいた瞬間があって、そこからイサガワ先生が事件に関わる動機や作品全体のテーマが決まっていきました。


──イサガワというのは珍しい苗字ですよね。

荒木 音を聞いた時に、どんな字をあてるのかぱっと浮かばない名前がいいと思ったんです。物語はハルの一人称で進むので、先生はずっと片仮名の「イサガワ先生」のままです。どんな漢字をあてるんですか、という会話すらしたことがない間柄の二人が、地球の最後に事件捜査に乗り出すという状況に惹かれるものがあって。それであえて珍しい苗字にしているんです。


──ある日、ハルは教習車のトランクで全身を傷つけられた女性の死体を発見。警察署に向かった二人は、福岡県内で相次いで他殺死体が見つかっていることを知らされる……、というのが事件の発端です。この先の展開は執筆前から決めていましたか。

荒木 プロットはしっかり作りました。あちこち移動しながら手がかりを拾い集めるタイプの小説なので、頭を整理しておかないと、どこまで主人公に情報が行き渡ったのか分からなくなってしまうんですね(笑)。箇条書きのメモを作って、前後の矛盾が起きないように注意しました。


──捜査の過程で、ハルたちはさまざまな人に出会います。中でも海辺のカキ小屋で出会った了道兄弟は印象的なキャラクターですね。

荒木 ありがとうございます。この兄弟は自分でも結構気に入っています。特に弟の光は登場するだけで雰囲気が明るくなるので、書いていて楽しかったですね。この兄弟にはいくつかある作品のテーマのひとつを担わせているところがあるので、丁寧に描くように心がけました。


──いくつかあるテーマのひとつとは?

荒木 〝見捨てられる側の人〟に目を向けたいということです。もし小惑星衝突のような現象が起こったら、弱者として切り捨てられる人が出てしまうと思うんです。金銭的問題や健康上の理由などで、逃げたくても逃げられない人がきっと出てくる。そういう人の存在をなかったことにせずに、世界の終末を描こうと決めていました。


──患者を診続けている診療所や、逃げ遅れた人々が支え合う村などの描写にも、そうした視点を感じます。ここまで人の善良さを見つめた終末ものは、珍しいかもしれません。

荒木 そのあたりは自分の希望を託すような気持ちで執筆していました。自分でもややきれい事かなとは思っているんですが、きれい事が許される社会で暮らしたい、という思いも強くあるんですね。他人への信頼が世の中を支えていることもあるんじゃないか、ということを書きながら何度も考えました。


──一方で、二人が追う事件はどんどん深刻さを増していきます。クライマックスで明らかになる犯人像には、ぞっとさせられました。

荒木 多くの登場人物は見捨てられた人たちですが、この犯人は見捨てる側。対峙するハルたちが、もっとも恐怖を感じるような展開を意識しました。特にイサガワ先生が抱えている闇の部分と、響き合うようなクライマックスになっています。


──数々の手がかりから犯人と動機を推理するシーンは、謎解きものの面白さが溢れています。選考委員の綾辻行人さんも「本格ミステリーの骨法もよく心得ている書き手」と評価されていました。

荒木 あの選評は本当に嬉しかったですね。どこまで達成できているか心許ないですが、わたしは本格ミステリが好きで、今回も自分なりの本格を書いたつもりだったんです。そこを認めていただけたのは、とてもありがたかったです。


──『此の世の果ての殺人』を手にする読者にメッセージをいただけますか。

荒木 小惑星の衝突という設定は一見すると非日常のオンパレードみたいなんですけど、この小説は現実社会と繫がっているんだということを、書きながら常に意識していました。滅亡に向かう世界の中で、ハルの正義感や道徳観が何度も揺らぎます。どうせみんな死ぬんだから、何が起こってもいいじゃないかと。でもどんな状況であっても、大切にしなければいけないものがあるとわたしは思います。ハルたちの選択が少しでも、読んだ方の心を動かすことができたらいいなと願っています。もちろん本格ミステリの部分も重視しているので、謎解きを楽しんでいただければとも思います。


──これまで多くの本を読まれてきたと思いますが、荒木さんという作家の芯になっているのはどんな作家・作品ですか。

荒木 やっぱり有栖川有栖さんの作品には思い入れがありますね。ほぼわたしの青春そのものなので語り出したら止まらないんですが(笑)、『双頭の悪魔』などの「江神二郎」シリーズは本格ミステリとしての魅力に溢れていますし、「火村英生」シリーズは火村の複雑なキャラクターに惹きつけられて、ずっと追いかけています。海外作品だとアガサ・クリスティーの『五匹の子豚』に影響を受けています。エルキュール・ポアロが登場するシリーズの長編ですが、脇を固める女性キャラクターがみんな強い意志をもって動いていて魅力的なんですよ。そこは自分の作風に繫がっているのかなとも思います。


──あくまで核にあるのは本格ミステリということですね。次回作が早くも楽しみです。では最後に今後の抱負をお聞かせください。

荒木 今後についてはまだ何も決まっていません。こういうものが書いてみたいという、ふわっとしたアイデアはあるんですが、まだ全然形になる気配がなくて(笑)。いつか作家になれたらいいな、とは思っていましたが、こんなに早く夢が叶うとは予想もしておらず、正直いつまで書き続けられるだろうと不安もあります。ただ栄えある乱歩賞をいただきましたので、過去に受賞された先輩方のように、ミステリーの第一線で活躍し続けられるような作家を目指したいと思っています。



(2022年7月14日、オンラインにて)

荒木あかね(あらき・あかね)

1998年福岡県生まれ。九州大学文学部卒。2022年「此の世の果ての殺人」で江戸川乱歩賞を史上最年少で受賞。

『此の世の果ての殺人』

荒木あかね

講談社 定価1,815円(税込)


小惑星「テロス」が熊本県阿蘇郡に衝突することが発表された。大混乱に陥った世界をよそに、福岡県に住む小春は、ひとり淡々と自動車の教習を受け続ける。小さな夢を叶えるために。年末、ある教習車のトランクを開けると、滅多刺しにされた女性の死体を発見。2ヵ月後には地球は滅んで全員死ぬ。それなのに、なぜ殺人なんて。小春は、教官のイサガワとともに地球最後の謎解きを始める。

朝宮運河(あさみや・うんが)

1977年生まれ、北海道函館市出身。書評家。「ダ・ヴィンチ」「怪と幽」をはじめ、多数の媒体で書評やブックガイド等を執筆。編書に『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選 』『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』など。

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