やっかいで当たり前な「家族」をやり直す『だまされ屋さん』評・三浦天紗子

文字数 1,092文字

(*小説宝石2021年1・2月号掲載)

『だまされ屋さん』星野智幸(中央公論新社)本体1800円+税


 自己責任論が強まる中、深刻な家族の問題も、事件化して初めてそのいびつさに驚くことが多い。いや、もともと「家族の問題は家族で」という意識の強い日本では、問題は内に籠もりがちだ。本書では、固い殻に覆われていた家族問題が、風変わりな闖入者によって殻が割れて顔を覗かせることになる。


 幕開けは、古希を迎えた秋代(あきよ)のもとに、娘の巴(ともえ)と〈家族になろうとしている〉と言い張る男性・未彩人(みさと)が訪ねてきたことだ。秋代は、長男の優志(やさし)、次男の春好(はるよし)、末っ子の巴とは疎遠で、古い公団でひとり暮らしをしている。未彩人の訪問をいぶかりながらも、長い孤独の寂しさからか、如才ない彼のペースにはまってしまう。娘が本当に再婚しようとしているのかどうかくらい、なぜ直接尋ねることができないのか。そこまで家族がバラバラになってしまった背景や現状が、秋代自身、優志や巴、春好の妻である月美(つきみ)などが代わる代わる語り手を務める中で浮かび上がってくる。


 秋代と三人の子どもとの関係だけでなく、子どもたちそれぞれも家庭は問題含み。ただ、そこで描かれる、DVや依存症、毒母、人種や性をめぐるマイノリティーへの差別は、昨今、特別なことではなく日常によくある問題として、家族にふりかかっていることの証左だと思う。それだけに、「誰が」「何が」悪いと犯人探しをしても解決しない。むしろ、未彩人や、巴の同居人である夕海(ゆうみ)といったある種の部外者が、膠着した家族関係に風を吹き込む。彼らの存在が作用して、シンプルに本音を見せ合っていくことで変わる可能性があることに目を瞠る。


 輪は閉じていくばかりではなく、開いて大きくしていくこともできる。つながりの新しい道筋を見せてくれた家族小説なのだ。

実在の事件を題材にしたシリーズの最新刊。
『傍聴者』折原 一(文藝春秋)本体1750円+税

『逃亡者』(松山ホステス殺人事件)、『追悼者』(東電OL殺人事件)など、シリーズでも注目度の高い女性の事件。今回は「婚活殺人」で世間の耳目を集めた木嶋佳苗の事件がモデルだ。親友が練炭自殺に偽装して殺されたことを彼の母親から聞かされたフリーライターの池尻淳之介。親友が紹介したがっていた牧村花音に疑念を抱き、婚活パーティを介して接近する。一方、花音の裁判の傍聴に通う「毒ッ子倶楽部」の女性四人は、池尻のルポを読んで考察を深めていくが、彼女らにも思惑があって……。予想だにしない結末へ着地する圧巻の叙述ミステリー。

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