バタフライ・エフェクト

文字数 1,180文字

 ――マレーシアで30代の日本人女性がドバイから覚醒剤を密輸したとして逮捕され、死刑宣告を受けた。
 そのニュースを見た私は、すぐにマレーシアの首都クアラルンプールへ飛んだ。
報道によれば、逮捕前まで、その日本人女性は看護師として働いていたという。それなりの給料はもらえていたはずなのに、なぜ彼女は危険な国際犯罪に手を染め、死刑を宣告さることになったのか。
 そんな疑問を抱き、私は当の日本人女性だけでなく、その友人から海外のネットワークまでを調べ上げた。この時に浮かび上がったのが「バタフライ・エフェクト」とも呼ばれる現象だった。
 ある場所で蝶が羽ばたけば、別の場所で竜巻が起こる――つまり、世界のちょっとした出来事が、時間の経過とともにまったく別のうねりとなって人間を襲ってくるということである。
 この事件がまさにそうだった。
 イラン・イラク戦争、フィリピンの政変、バブル崩壊、アメリカ同時多発テロ、アフガニスタン紛争……。大半の日本人は、これらを耳にしたことはあっても、自分とは無関係な出来事だと感じているだろう。
 だが、本事件が起きた要因を一つひとつ紐解いていったところ、まったくそうではなかった。これらの出来事によって起きた世界の変化が、青森の片田舎で育ち、看護師の免許を取って上京してきた一人の女性に様々な形で影響を及ぼし、運命を変え、大きな国際犯罪へと巻き込んでいたのである。
 ただ、実際の事件の裏にあることを、実名でつまびらかにすることは、大勢の関係者を命の危険にさらすことになる。そこで事件の骨格はそのままにして、フィクションという形で世に出すことにした。
 それが本作『死刑囚メグミ』だ。
 今も、世界では様々な出来事が起きている。北朝鮮のミサイル実験、ウクライナ紛争、トルコ・シリア地震……。もしそれらによって他国で起きた波が数年後に、日本に暮らす私たちの身に予想もしない形となって襲い掛かってくるとしたら、どうだろうか。
 私たちはどんなふうに世界とつながり、どれだけ危うい状況で生きているのか。
 そのことを、異国の地で死刑囚となった女性の物語から考えていただきたい。



石井光太(いしい・こうた)
1977年、東京生まれ。国内外の貧困、戦争、災害、事件などをテーマに執筆活動を行う。ノンフィクション作品に『物乞う仏陀』『絶対貧困』『遺体』『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』など多数。小説は本書のほかに『蛍の森』『砂漠の影絵』『赤ちゃんをわが子として育てる方を求む』『世界で一番のクリスマス』などがある。

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