第12話 喫煙所

文字数 2,488文字

幸せなはずなのに悲しくて、苦しいけれどかけがえが無い。

そんな私たちの日々が、もしもフィクションだったら、どんな物語として描かれるでしょうか。


大人気のイラストレーター・漫画家の

ごめん(https://instagram.com/gomendayo0?igshid=1rh9l0sv9qtd2

さんが、


あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていく隔週連載。

この物語の主人公は、「あなたによく似た誰か」です。

【12話 喫煙所】

変わらない生活も変えられない自分も嫌いだった

 あたしの毎日は歳を重ねるごとに薄っぺらくなっていく。1年目は新鮮に感じていた会社員生活も、2年目ともなれば同じことの繰り返しで、あたしは何のためにここにいるのか、あたしはここに必要なのか、いつもぼんやりとした不安が、淡々とキーボードを打つ指先を重くする。それでも何とか自分を動かせているのは、大輔という存在が原動力になっているからだと、「おはよう」というスマホの通知を見て今日も思う。

 あたしの一日は大抵、会社への行き来と大輔とする何気ないLINEで成り立っている。大学を卒業して社会人になってからは遠距離になってしまったけれど、慣れてしまえばそれなりに上手くやっていける。お互いもう大人なのだから、会いたい時に会えなくても、平気。今を耐えればきっと大輔と結婚して、幸せな家庭を築けるのだから、平気。そんなことを考えているうちに、先月付き合って5年目の記念日を迎えた。大輔は結婚の話を、口約束ですらしようとしない。

 

「灰皿持ってない?」

 佐藤から突然LINEが来たのは、昼休みに入る直前のことだった。佐藤は違う部署の同期で、会社の飲み会で一度会って以来ほとんど話したことはなかった。

「私はいつも駅前の喫煙所行くけど」

 うちの会社には喫煙所がない。大抵の人(そもそも煙草を吸う人自体少ないけど)は会社のビルの非常階段で吸うのが暗黙の了解になっているけど、あたしは会社の外に出たくて、口実のように駅前まで行くことにしている。その時間があたしだけの密かな楽しみだった。

「一緒に行く?」

 自分で聞いておいて、楽しみをこっそり共有するようで少しどきどきした。佐藤からすぐに「下で待ってて」と返信が来て、心の奥の柔らかい部分が少しだけぷかりと浮かんだような気がした。


 それから週2回、昼休みに佐藤と駅の喫煙所に行くのが恒例になった。たった10分程度。その間話すのは上司の愚痴とか大学時代の思い出とか、そんな他愛無い内容ばかりだったけれど、あたしはその時間が好きだった。

 佐藤は同い年なのに年下みたいに人懐こくて、大輔よりも背が低くて、猫っ毛で、笑った顔が可愛かった。いつしか大輔からの連絡よりも、佐藤と外に出る昼休みを楽しみにしている自分がいて、だけどそれには気づかないふりをした。あたしはずるい。ずるいけど、こんな小さなことを拠り所にしないとやってられないくらい、あたしの毎日は色褪せていた。


 同期の飲み会が行われたある土曜日、終電の時間が同じくらいだったあたしと佐藤は、みんなよりも少し早く店を出ることになった。駅に向かう途中、酔っ払ってふざけているうちに肩が当たって、手の甲が触れた。

「佐藤んち行きたい」

 自分の口から出た言葉に、自分で驚いた。酔って出る言葉は本音なのか適当なのか、いつも自分でもわからない。

「いいよ」

数秒空けて、佐藤が言った。顔が、見れなかった。


 佐藤の部屋は少し散らかっていて、玄関にはあたしの知らない映画のポスターが貼られていた。映画なんか観るんだ。そりゃ観るか。誰と観たんだろう。あたしはこの人のこと、煙草1、2本分しか知らないんだな。そう思いながら、佐藤とセックスをした。

 初めての彼氏が大輔だったから、あたしは大輔以外の人としたことがなかった。だから触れ方とか仕草とか、いちいち大輔と比べてしまって、その度に鉛のような罪悪感があたしを襲った。だけどそれと同じくらい、誰かに触れることができる嬉しさもあった。

 朝、帰る直前に玄関でもう一度キスをした。夜に何度もしたキスよりも朝の一回の方が、何故か罪が重いような気がした。


 佐藤と一線を超えても、あたしの生活は何も変わらなかった。会社に行って、パソコンに向かうだけの無機質な毎日。相変わらず大輔とは順調に続いているけど、結婚の話題は出ない。週2回、佐藤と駅の喫煙所に煙草を吸いに行くのも変わってはいない。何となく、お互いにあの日のことには触れないようにしていること以外は、何も。


 暫くして、東京への転勤が決まった。何気ない素振りでそのことを伝えたら、佐藤は「寂しくなるね」と煙を空に逃しながらつぶやいた。こんな薄っぺらい言葉ひとつで終わる、薄っぺらい関係だったのかとぼんやり思った。あたしは多分、あの夜佐藤に全てを変えて欲しかったのだ。どんなに汚いことでもいい。悲しいくらいつまらない日常から、連れ出して欲しかったのだ。馬鹿みたいだけど、もしかしたら何かが変わるかもしれないと、佐藤を抱きしめながら確かに感じたのだ。

 他人に寄りかかることしかできないのは何でだろう。誰かに何かを変えて欲しいといつも願ってしまうのは何でだろう。あたしはどうして、自分だけの力で自分を動かせないんだろう。

「来週末そっち行けそう」

 大輔から来たLINEを、あたしはまだ返せずにいる。

ごめんさんが、あなたの体験をもとに、掌編小説・イラストにしていきます。

恋愛や友達関係、自身のコンプレックスなどなど……

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