ヒューマンミステリーの旗手による新シリーズ『刑事何森 孤高の相貌』評・三浦天紗子

文字数 1,103文字

※2020年小説宝石11月号より

『刑事何森 孤高の相貌』丸山正樹(東京創元社)本体1800円+税

 著者は、デフ(ろう者)の両親をもつ聴者=コーダ(CODA)の荒井尚人(あらいなおと)が、手話通訳士として法廷で活躍する〈デフ・ヴォイス〉シリーズで熱い支持を集める作家。荒井が関わる事件関係者や家族の状況を通して、ろう者の日常がいかに困難で、健聴者(けんちようしや)に理解されていないかを訴えてきた。シリーズ三冊めの『慟哭(どうこく)は聴こえない』に収録された「静かな男」という一編は、ろう者の変死体が発見され、その身元を調べていく刑事が活躍するのだが、それが本書の主役である埼玉県警の昔気質の刑事、何森稔(いずもりみのる)だ。事件にはやはり何らかの障がいがある人が関わっていて、この著者の持ち味である弱者への優しい目線が揺らがない連作になっている。


「二階の死体」では、車椅子生活の娘とふたり暮らしだった母親が撲殺された事件が軸になる。本部の見立てに納得できない何森が、なぜ死体が二階にあったのかを焦点にして見抜く結末は切ない。「灰色でなく」は、窃盗(せっとう)の被疑者となった青年には自分の主張に一貫性がない〈供述弱者〉という特性があり、冤罪(えんざい)ではないのかと睨(にら)んだ何森が独自に調査を進めていく物語。「ロスト」では、銀行強盗で服役した男が仮釈放されることになり、その監視役を何森が担う。〈名無しのロク〉と呼ばれるその男の全生活史健忘の秘密や、消えた現金と共犯者を調べ直し始めた何森は違和感を感じ、意外な真相にたどり着く。ロクが犯行に手を染めた切実な背景や、何森の熱い正義感の理由の一端に胸が詰まるはずだ。


〈デフ・ヴォイス〉シリーズのスピンオフである本書では、反対に、荒井やその妻のみゆきが顔を出す。二つのシリーズの関係は、さらに切っては切れないものになっていくのかもしれない。

都合のいい幻想が打ち砕かれる瞬間

『汚れた手をそこで拭かない』芦沢央(文藝春秋)本体1500円+税

 隣人が熱中症死したのは、誤配された電気料金の督促状(とくそくじよう)を渡し忘れ、エアコンがつけられなかったせいなのか(「忘却」)。映画公開前に、出演俳優の薬物疑惑が浮上したら関係者はどうするか(「お蔵入り」)。収録された五編はいずれも、クレーマーや老老介護など、昨今の社会問題とオーバーラップする状況下で繰り広げられる。特に秀逸なのは、小学校教諭がマスコミ沙汰や弁償を恐れてある偽装を思いつく「埋め合わせ」。本書の凄みは、後ろめたさを抱えた者の視点で語られていくサスペンス感と、ねじれた因果応報となる後味の悪さにあり。

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