『夏のお嬢さん』

文字数 1,032文字

『千手學園少年探偵團』シリーズ四巻。学園は夏休みを迎えている。
 執筆にあたり、大正時代の夏休みに関する資料を探してみた。すると、スイカやかき氷、海水浴、夕涼み、宿題、花火……当時を回想する随筆などから垣間見える情景は、私の幼い頃の記憶と大差なかった。うむ。これならいけそう。そこで今度は、四巻の副題にもなっている「恋」について思いを巡らせてみた。
 千手學園シリーズを書くようになってから、たまにめくる参考文献の中に、大正時代の人生相談を集めた本がある。種々の人間関係の軋轢や社会の理不尽に対する憤りなど、現代とまったく変わらないという点が非常に興味深い。
 とはいえ、女性から寄せられるいわゆる恋愛相談はまた違う印象だった。婚約者の不貞やらデキ婚やら、現代でも煩悶するであろう内容からは、当時の女性たちの切実さが窺われた。現代よりさらに、結婚という制度によって一生を決められるのだ。「恋」の悩みとは、ちょっと趣が違っていた。
 うーん。もう少しウキウキする華やぎを加えたい。
 というわけで最後に手に取ったのが着物の資料だった。和装にとんと知識がない私は、夏に、しかもどの階級の人がどんな着物を着るのか、そんな初歩から調べ直しである。
 しかし資料にあたればあたるほど、私の心を捉えたのは目に見える華やかさだけでなく、着物の名称、それぞれの言葉の美しさだった。平絽に錦紗、銘仙、付け下げ、お召し、献上……色の名前もしかり。金糸雀(カナリア)、白藍、翡翠、鳩羽色……。
 きれい! これはテンション上がる!
 既刊に比べ、お嬢さんたち(老いも若きも)がわんさか出てくるので、誰にどんな着物を着せるかですっかり舞い上がってしまった。恰好が決まると、彼女たちが笑い、泣き、恋をする、そのどれもがどんどん楽しくなる。知らぬ間に輝き出す! 書きながら、「この人、粋な明石の着物着ているんですぜ。カッコいいでしょ?」と気分は一ファンである。
 そんな夏のお嬢さんたちの活躍、ぜひ楽しんでください。もちろん、我らが主人公、檜垣永人も頑張ってます!



金子ユミ(かねこ・ゆみ)
『アナタを瞳でつかまえる!―天然女子はカメラアイ!?』(コスミック出版)でデビュー。ほかの著書に『メールヒェンラントの王子』(光文社文庫)など。ゆみみゆ名義でボーイズラブノベル、漫画原作を手がける。

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