〈5月11日〉 輪渡颯介

文字数 1,364文字

 新型コロナウイルスの感染拡大により緊急事態宣言が発令され、不要不急の外出を自粛するように、との要請が出されました。
 これは強制力を伴うものではありませんが、大多数の方々が要請に従い、静かに日々を過ごしているようです。
 さて、そんな緊急事態宣言下における五月十一日に、私、輪渡颯介が何をしていたかというと……することがなかったので仕事部屋にあるオフィス用の椅子でぐるぐる回って遊んだ結果、気分が悪くなって小一時間ほど寝てました。
 はい、愚か者です。新型コロナウイルスのせいでアホが一匹あぶり出されました。
 ちなみに輪渡は一九七二年五月八日の生まれで、つい三日前に四十八歳になりました。ありがとうございます。主に江戸時代を舞台にした物語を書いているので、時代小説作家という肩書がつくことが多いです。四十八歳の時代小説作家です。そんな者がいったい何をしているのだと我ながら呆れております。
 それから、五月十一日現在、輪渡の家ではネズミが出て困っています。自粛要請により飲食店が閉まり、飢えたネズミが繁華街から外に(あふ)れ出ているというニュースを耳にしていますが、輪渡の家の周りは一般の住宅ばかりで、飲食店からは離れています。近所の他の家にネズミが出たという話も聞きません。ですから新型コロナウイルスの影響ではないのかもしれませんが、迷惑であることには変わりありません。
 そこでこれは不要不急の外出ではないだろうと判断し、ドラッグストアへ行ってネズミ対策の薬を買ってきました。ニオイで追い出すネズミ忌避(きひ)(ざい)です。それを天井裏へと仕掛けたところ……ニオイにやられて輪渡が部屋の移動を余儀なくされました。
 メーカーさんの名誉のために言っておきますが、ネズミにも効きました。輪渡が今いる部屋の天井裏でガタガタやっています。どうやら一緒に移ってきたようです。
 つまり効果はあったが意味はない、という悲しい結末になりました。それなら今いる部屋の天井裏にも仕掛けたらどうだ、と思う向きもございましょうが、それだと輪渡が行き場を失うのでご勘弁ください。仕方がないので輪渡の家では現在、最高最強の腕を持った練達の野良猫さんを募集中です。ご本猫様からの応募に限りますが、よろしくお願いいたします。
 ということで、緊急事態宣言下における五月十一日は、「四十八歳の時代小説作家が椅子でぐるぐる回って遊んだ結果、小一時間ほど寝込んだ」と「ネズミ忌避剤を仕掛けた結果、自分も一緒に駆除された」という二つの出来事が起こった日でございました。


輪渡颯介(わたり・そうすけ)
1972年、東京都生まれ。明治大学卒業。『掘割で笑う女・浪人左門あやかし指南』で第38回メフィスト賞を受賞し、2008年にデビュー。怪談と絡めた時代ミステリーを独特のユーモアを交えて描く。好評の「古道具屋 (かい)塵堂(じんどう)」シリーズに続いて「(どぶ)(ねこ)長屋 祠之(ほこらの)(かい)」シリーズも人気に。幽霊話をすれば無代(ただ)になるという妖しい飯屋が舞台の『怪談飯屋古狸(ふるだぬき)』が第2作まで刊行中。

【近著】

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み