ただ入れ替わるだけじゃない!? 「入れ替わりもの」の最前線を見逃すな!

文字数 5,100文字

はじめまして、あわいゆきといいます。

普段は文学賞の受賞作や話題作を中心に、最新の国内小説をジャンル関係なく(純文学、大衆エンタメ、ライトノベル、児童文学などなど)幅広く追っています。特に文学賞を追うのが大好きで、noteでは文学賞にまつわる記事を主に執筆しています。

 

連載のおはなしをいただいたとき、私の得意分野をどうすれば記事内容に活かせるかを考えました。辿り着いた結論は、「最新の小説をジャンルに囚われず紹介していく」です。

また、連載を通じて私がやりたいことはなにか。これははっきりしていて、やはりなによりも、文学賞に興味を持つひとがふえる記事を書くこと。そして、あまり書評やレビューが書かれないジャンルの作品にも注目していきたいと思いました。


というわけでこの連載では、直近1年のあいだに発表された新人賞受賞作からテーマ・題材が共通する2作品をジャンル隔たりなく紹介します。

そのうえで、「いまどのようなものが書かれ、求められているのか」を探っていこうと思います! 


ジャンル越境かつ新人賞受賞作の紹介〉ということで、ふだんこのような記事に馴染みが薄いひとにも読みやすいよう、わかりやすい言葉を選んでいきます。

そして、「この受賞作はどの部分が評価されたのか」を私なりに分析していき、いま現在新人賞に応募されている方にも役立つ記事を書いていければと思います。よろしくお願いします。

~第1回~

ただ入れ替わるだけじゃない!? 

「入れ替わりもの」の最前線を見逃すな!

さて、第1回ではフィクションにおける定番シチュエーションのひとつともいえる、「男女入れ替わり」ものを紹介していこうと思います。

 男女の入れ替わりといっても切り口はさまざまで、たとえばなんらかのアクシデントで精神だけ入れ替わったり、あるいはお互いに変装をして周りに勘付かれることなく立場を交換するものがあります。その歴史は深く、日本では平安時代に『とりかへばや物語』が成立してから多くの入れ替わりがおこなわれるようになりました。20世紀後半に入ると山中恒さんの『おれがあいつであいつがおれで』がベストセラーに。映画化もされ、いまも読まれている作品のひとつとなっています。

また、2016年には新海誠監督の『君の名は。』が日本映画史に残る大ヒットを収めてもいました。


入れ替わりを題材にした作品は、2021年に入ってからもたくさんうまれています。現代的なアプローチを施されたうえで、「いま」を生きる作品として刊行されているのです。


それでは、現代に生まれた「男女入れ替わり」ものの新人賞受賞作を紹介して、どのようなアプローチがされているのかを探っていこうと思います。

君嶋彼方『君の顔では泣けない』


第12回野生時代新人賞の受賞作品です。


物語の語り手は水村まなみ。彼女は毎年七月の第三土曜日、「夫の知らない人」に会いにいきます。喫茶店で落ち合ったのはかつての同級生である坂平陸。二人は近況報告に花を咲かせながらも、会話の端々にはどことなく違和感を漂わせています。

そして、それを一気に露見させるのが水村の衝撃的な語り。「十五年前。俺たちの体は入れ替わった。そして十五年。今に至るまで、一度も体は元に戻っていない。

すでに夫と結婚しており、娘までいる水村まなみの中身は——坂平陸でした。この種明かしによって入れ替わりによる壮絶な人生が示唆され、物語は一気にひらかれていきます。


この物語の特徴は、「入れ替わったまま長い時間が経ってしまっていること」にあるでしょう。

実質的な語り手である坂平が〈水村まなみ〉としてすごしてきた15年間は、坂平が〈坂平陸〉として過ごしてきた年月に等しいです。つまり彼は人生の半分を〈水村まなみ〉として生きており、もはや「他人の人生」と簡単に切り捨てられないだけの重たさを背負っています。


それを証明するかのように、この物語は入れ替わっていた原因を解明しようとするミステリー的な流れには進みません。その辺りは最小限に留められ、物語の焦点は入れ替わりによって発生する「新しい人生」をどう歩んでいくか、その詳細にあてられていました。汗ばんだ手に気持ち悪さをおぼえる男性とのデート、体格差による恐怖で居竦まってしまう男性教師からのセクハラ、内臓が引きずり出されるような感覚を味わう初めての性交渉、坂平が回想していく新しい人生のひとつひとつにリアリティがあり、この小説にしかない魅力を打ち出しています。


また、坂平が歩んでいく新しい人生は、性差を理由にして「受け容れるよう要求されるもの」の集合体にもなっていました。拭いても拭いても紙が赤く染まる生理、かわいらしいメイクやファッション、大きな腫瘍があるようにしか思えない妊娠……彼が〈坂平陸〉のままであれば経験することのなかった「異物」に対する描写はあまりに生々しく、彼が抱いている性に対する違和感は、現代を生きる私たちの違和感にもつながります。

そして水村の身体を守るため、坂平はハラスメントに抗いながらも「異物」だった女性性を受け容れることで少しずつ変化をしていきます。


一方、ジェンダー(性)をめぐる問題を炙り出しながら、物語はほかの「受け容れるよう要求されるもの」にも視野を広げていきます。

たとえば異性ばかりの交友関係や、これまで縁のなかった新しい家族、あるいはもう他人として接することしかできなくなった元家族。「入れ替わり」とは新たな肉体(からだの性別)を獲得するだけでなく、これまでお互いが培ってきた人間関係をそのまま交換することもでもあります。

それゆえ、元の人生をあきらめ、新たな人生を受け容れることは、そのまま「他人の人生を引き受ける」ことにもつながります。

そしてその両方は、相当の覚悟と責任を伴うものです。


〈坂平陸の人生を諦めること〉と〈水村まなみの人生を引き受けること〉。

坂平はふたつをめぐる覚悟と責任の重たさに葛藤しながら、自らの人生を生きていくために変化を重ねていきます。

その先にあるのは戻りたかった〈坂平陸〉ではなく、演じようとしていた〈水村まなみ〉でもない、変化しつづけている「俺/私」の最前線。男女の規範にとらわれない「私らしさ」をもった人生が鮮やかに広がっていました。


昔から何度も見てきた設定を基盤にしながらも、それによって起こりうる現象を徹底的に突き詰めていくことでオリジナリティのある作品に昇華させる、という観点だと、ハヤカワSFコンテストを受賞した人間六度さんの『スターシェイカー』も共通していました(こちらの作品ではテレポートが題材となっています)。

取り扱うものに根本的な「新しさ」を求めていくのではなく、古典的な設定を「新しく」メイキングして現代に適応できるかも、物語をつくっていくうえで肝要なのだとこの作品は示しています。


君嶋彼方さんの受賞第一作『夜がうたた寝してる間に』はKADOKAWAから好評発売中。こちらもぜひチェックしておきましょう。

七都にい『ふたごチャレンジ! 「フツウ」なんかブッとばせ!!』


第9回角川つばさ文庫小説賞の〈金賞〉受賞作品です。


物語の主役は男女の双子。お絵かきが好きな男の子のかえでと、サッカーが好きな女の子のあかね。成長するにつれて二人は両親から男の子らしく/女の子らしく過ごしなさいと要求されるようになり、息がつまる思いをしていました。

そんな双子に転機が訪れたのは小学5年生のとき。父親の仕事の都合で、二人はおばあちゃんの家に預けられることになりました。

その際、押し付けられる「フツウ」に対抗するため、二人は転入先の小学校で入れ替わって過ごそうとする「チャレンジ」を計画します。


ここで行われる入れ替わりは「私らしさ」を獲得するための戦いであり、ジェンダーロール(性役割)に対する抵抗です。そのため先に紹介した『君の顔では泣けない』と同様、現代の流れを汲んだジェンダーに対する問題提起が散りばめられています。

繊細なテーマですが、子どもにもわかりやすいように易しい言葉で、かつ隅々まで目配せされているのが特徴です。


たとえば、からだとこころの性別は異なる大前提から、子どものうちは混合してしまう可能性もある、趣味の偏りと性自認はまったく別問題だということ。それらを気をつけていても、私たちが普段の生活で無意識のうちに「男/女っぽい」と性別に当てはめてしまっていないか、という点までするどく指摘をします。


一方でエンタメ性にもすぐれていて、あかねは大好きなサッカーをのびのびと遊べるようになったことで親友ができ、かえでは周りから「おかしなかえでくん」と思われることなく、クラスメイトから人気を集めるようになります。ジェンダーロールの強制から解放され、バレるかどうかのスリルを味わいながらも周囲と交流を築いていくのは、児童文学らしいドキドキとワクワクにあふれていました。

入れ替わりものの定番をなぞりながら、ジェンダーをめぐる問題について深く学べる小説になっています。


しかし、それだけで終わらないのがこの作品最大の見どころです。

果たして、「入れ替わり」によって得られるスリルは、健全なものといえるのでしょうか?


『君の顔では泣けない』とは異なり、二人は原因不明のトラブルで入れ替わったわけではありません。フツウを押し付けてくる大人に抵抗するためにわざと入れ替わっているので、どのような理由があれど、そこには他人を騙そうとする意図が含まれています。

最初こそ入れ替わりを楽しんでいた双子は、次第に周囲を騙していることに対して罪悪感を抱くようになります。そして欺き続けるための嘘が原因で周囲を傷つけてしまい、加害者の側に立ってしまいます。


被害者の立場からレジスタンスとして始めたつもりの入れ替わりが、いつしか周りを傷付ける原因になっていた。被害者から加害者への転換は、加害と被害が表裏一体である恐ろしさを的確に示しています。昨今のSNSでもよく目にする光景を、この作品はとてもていねいに描いていました。


そのうえで、苦い経験をした双子が新たに打ち出した「フツウ」に立ち向かうチャレンジは、世界を変えていこうとする希望あふれるものでした。

ぜひ読んで、確かめてみてください。


「ふたごチャレンジ!」シリーズは現在3巻まで刊行中。2巻では多数派の気遣いが価値観の押し付けに変わってしまう瞬間を、3巻では連帯して声を上げていくことの重要性をそれぞれ描いています。

現代に蔓延る加害と被害を冷静に見つめながら社会の抑圧に抗っていく、エンタメ性とメッセージ性を高いレベルで兼ね備えた注目のシリーズです。

以上、二作品を紹介していきました。


どちらも入れ替わりを主体的に楽しむばかりではなく、「入れ替わりによって周囲にどんな影響を与えてしまうか」を掘り下げているのが印象的です。『君の顔では泣けない』は他人の人生を引き受ける責任の重たさを、『ふたごチャレンジ』は嘘をつくことが加害に発展してしまうおそれをそれぞれ描いていました。他人に対する距離感に、より繊細になっています。


また、入れ替わりを通して男性性や女性性を理解していくだけではなく、それらにとらわれない「私らしさ」を獲得していく展開は、ジェンダーレスが浸透した現代だからこそのアプローチといえるかもしれません。

2022年になっても進化し続けている「入れ替わり」ものの今後に要注目です。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第1回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

高校1年生の坂平陸は、ある日突然クラスメイトの水村まなみと体が入れ替わってしまう。

それから戻ることなく15年が過ぎ、坂平はこれまで〈水村まなみ〉として生きてきた15年間を回想しながら、故郷で生活する水村に会いにいく。

小学4年生のそっくりな双子、双葉あかねと双葉かえでは、「男らしく」「女らしく」と周りから言われて息がつまる思いをしていた。

そんななか、かえでは自分らしくいるために「転校先の学校でお互い入れ替わって生活を送る」ことを提案する。押し付けられる「フツウ」に立ち向かう、ふたごのチャレンジが始まる。

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