第66回

文字数 2,864文字

青空、きれい……煉獄のサマーシーズン到来。


快適な家の中でインターネットのみんなにむかって吠えていく、夏。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

他所で雑誌のレビューのような仕事をしているのだが、テーマとなる雑誌を選ぶ段階で「この雑誌は今号『部屋の片づけ特集』だからカレー沢さんにピッタリじゃないですか」と担当編集に言われた。


本来なら担当如きが許可なく喋った時点で、自慢のキャットオブナインテイルが唸っているところだが、この発言に関しては「気にいった、うちに来て妹を鼻フックしていい」といってもいいだろう。


ちなみに、キャットオブナインテイルとは9つかそれ以上の紐がついた鞭のことである。それをおキャット様の尻尾に例えるところがセンス1億点だ。

ただ「おキャット様の尻尾9本になぶられる」というのはご褒美でしかないため、拷問器具としてはマイナス2兆点である。


ともかく私も「部屋が汚い人間」として周知されてきたということだ。今までコツコツ部屋を汚し続けてきた甲斐があったというものである。まさに継続は力なりだ。

部屋などすぐ汚くできるだろうと思うかもしれないが、それは甘い考えだ。

急ごしらえの人工的な汚部屋とそこの住む者のリアルな生活によって作り出された汚部屋とでは空気からして違う。

汚部屋とは床にただ物を乱雑に置けば良いというものではない。乱雑に置かれ続けたことによって、床はあたかも「人々に土足で踏まれ続けた屋外」であるかのようなオーラを放ち始めるのだ。

ちなみに私の部屋の床は「腐っている」がこれも一日で腐ったわけではなく、長い年月、そして少しばかりの「奇跡」によって生まれた作品なのである。

ここまで芸術性の高い床が生まれることは稀だが、主の足の裏の脂を吸い切った床も一朝一夕で作れるものではない。

物理ではなく生理的に入れないのが真の汚部屋である。


おそらく「ひきこもり」といったら、物が積み上げられ真っ暗な汚部屋でそこの主(デブ)がパソコンに向かっているというイメージがあるかもしれないが、それは偏見である。

汚部屋とデブまでは否定できないが、さすがの私も「電気をつけない」という日はない。

つまり想像上のひきこもりよりも、電気代を食っている分だけ性質が悪いということだ。

しかし、ひきこもり全ての部屋が汚いというわけではない。


確かに、生きているだけで汗や脂、二酸化炭素を排出する空気汚染機が一日中部屋にいるのだから、無人の部屋より汚れやすいのは確かである。

しかし、己が一日中いるなら「少しでも快適に過ごせるようにしよう」と思う方が普通だろう。

よって、快適でオシャレな部屋に住んでいるひきこもりだっているはずなのだ。

ただそういう人間は、「ひきこもり」と呼ばれていない可能性が高い。


先日ツイッター上で、世界的に有名なデザイナーの部屋はこんなに汚いという写真が拡散されていたが、正直私にはその部屋が汚いとは思えなかったし、それで部屋の主であるデザイナーのイメージが悪くなる、ということも特になかった。


まずその部屋が、本などの資料が積み重なっているだけという、汚部屋としてあまりにも芸術点が低かったというのもある。素人は、ただ物が多くて整理整頓されてない部屋を汚部屋と勘違いしがちなのだ。


汚部屋というのは、本が重なっているだけなど「無機質」ではダメなのだ。

具体的には食べカスのついた食器が重なっていたり、汁が残ったままかつ割りばしがツッコまれたカップ麺の容器が床に置かれていたりと、「有機物」が多いほど汚部屋としての完成度が増し、嫌悪感もうなぎ上りになっていくのだ。

ネットに「私の汚部屋見て」と、何故か自分の顔を映りこませた写真をアップしている人間の部屋は大体無機物系である。

だが食いカスだけではまだ甘い、尿が入ったペットボトルという、それなりに年季の入ったひきこもりでもなかなか入手できないアイテムを配置することで、やっと汚部屋は一応の完成を見せるのだ。

拙者も偉そうなことを言っているが、そのアイテムはまだ未入手であり、我が部屋は未完の状態である。


また、「結局部屋の持ち主による」という根も葉もない結論があったりする。

たとえ件のデザイナーの部屋に資料ではなく、旧パッケージのペヤングの空が積み重なっていたとしても、世界的デザイナーが「私はこの部屋からインスピレーションを得てきた」と言えば、その部屋は汚部屋ではなくアーティストの部屋ということになり、ペヤングですらアーティスティックに見えてくるのだ。


逆に言えば無職のひきこもりが住んでいると言えば、そんなに汚くない部屋でもちょっと汚く見えたりしてしまうのである。


また、ただ整理整頓ができないから部屋が汚いというのは、特に問題がないのだ。

もちろん大事な物が頻繁に神隠しに合うという問題はあるが、逆に困った時に部屋を探したら、野良のロキソニンや野生の500円玉が見つかって「得した」という気分になれたりするので、トータルでは「トントン」といったところなのだ。


問題は「片づけができない」ではなく、「やる気がない」ことによって発生する汚部屋である。

この「やる気」というのは「掃除する気」ではなく、「生きる気力」のことだ。


生きる気力がないと大体のことが「どうでもいい」となるため、部屋に陳列された尿ボトルを見ながらペヤングを食えたりしてしまうのだ。


ひきこもりの汚部屋というのはこの無気力汚部屋である場合が多く、生きる気力がないため、そのままそこで亡くなってしまうケースもある。

孤独死する人の部屋が常軌を逸した汚部屋になっているケースが多いのはそのせいである。


逆に言えば、片づけられないから汚い、そして汚なくても平気で元気、というなら無理して片づける必要はない。

むしろ「快適な環境を作ろう」とした結果が汚い部屋なのだ。


おそらく整理整頓特集に載っているような部屋に住んだら、私は不自由極まりない生活を送ることになるだろう。


泥水でしか生きられない魚もいるのだ。

良かれと思ってひきこもりの部屋を勝手に片づけると、家族への不信感が募り、何よりその時点で死ぬかもしれないので、いくら汚くても本人の許可なしにひきこもりの部屋を掃除してはならない。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は8月6日(金)です。
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