『占い師オリハシの嘘』第1話試し読み

文字数 4,618文字

『宝石吐きのおんなのこ』、『うちの作家は推理ができない』、『悪役令嬢(ところてん式)』のなみあとが、講談社タイガに初登場!


待望の新刊『占い師オリハシの嘘』は、カリスマ占い師の妹にして霊感ゼロのリアリスト・折橋奏が、人知の力で超常現象のベールを引き剥がす禁断のミステリー。


その第1話を特別に丸ごと公開いたします!

今回の依頼人は、恋人が魔女に呪われた男。

「昨今の彼女は──つねに、誰かと話しているのです」。

彼女は、一体誰と話しているのか? 


占い師オリハシ(代理)の冒険の始まりをお楽しみください。

 占い師オリハシ。「よく当たる」と巷で話題の女占い師で、一般人からはもちろんのこと、芸能人や政財界関係者からも日々依頼が舞い込んでくる。

 メールや専用ウェブサイトを通じて依頼を受ける、最近珍しくもないオンライン特化型の占い師で、星の巡りやカードなど、彼女の扱えるいくつもの方法を用いて依頼者の運勢を診断する。彼女の占いは、依頼者の運勢だけではなく心すら見通すようだという人もおり、彼女を頼ればよりよい未来を教えてくれるとされる。

 ゆえに人気は高く、サービスは好評で、リピーターも多い。しかし──


 失踪癖があり、妹の折橋奏がたびたび代役を務めていることは世に知られていない。

第一章 魔女と結婚運

「修二さん!」

 五月の第二土曜日、場所は新宿駅南口。時刻は午後一時を回ったところ。

 行き交う人は多いけれど、待ち合わせ相手の姿は奏の視界の中で、何かスポットライトを当てたように特別に目立って見えた。きっとこれが、恋の力というものなのだろう。

 今日の奏の格好は、デニムのジャケットと薄手のシャツ、ふんわりスカート。それに合わせたローズクォーツのペンダントトップは、六十センチのチェーンと一緒に奏の胸で揺れている。ローズクォーツは恋愛運を上げるとよく言うが、ただの石ころが誰かの人生を左右するなんて非科学的なことはまずありえない。

 ただ、それでもその鴇色が、女性らしさの象徴として広く知られていることは確かだ。一般的な大学生にはそこそこ大きい出費だったそれに、価格以上の視覚効果を期待しつつ、奏は自分の想い人である「待ち合わせ相手」に駆け寄った。

「お久しぶりです修二さん。待ち合わせ時間ぴったり五分前のご到着さすがです!」

「どうもありがとう」

「明るめのシャツと革靴のシンプルなファッション、とても素敵ですね!」

「ありがとう」

「あっ、そのお手持ちにしてらっしゃるブラウンのジャケットも羽織ると印象が変わってきっと修二さんにお似合いだと思います!」

「……ありがとう」

「ちなみにわたしはわたしを待つ修二さんのお姿を余すところなく堪能したくて、三十分前からそちらの物陰で待機しておりました!」

「怖っ」

 元気に告げる奏に対し、修二は眉を寄せて身を引いた。

 森重修二。オカルト雑誌「怪上」の記者であり、奏の姉、折橋紗枝の大学時代からの友人だ。確か二人は今年で二十九になるから、姉と彼の交友関係はもう十年近い。二人が社会人となったいまでも、公私にわたって関係がある。

 修二は、紗枝の妹である奏のこともよく気にかけてくれる。両親が早世した奏にとってはその気遣いがとても嬉しく、彼の存在はいつの頃からか奏の恋愛の対象となっていた。修二の方は奏のことを妹のような存在としか捉えておらず、何度愛を告げたところでのらりくらりと躱されているが、いつかは捕まえてやると心に決めている。

 先の行動や発言も、奏なりの愛情表現のつもりだったけれど、彼の方はそうとは取らなかったようだ──が、多少拒絶されたところでいまさらへこたれたりしない。奏は胸の前で手を組み、大きく一歩近づいた。小首を傾げてにこりと笑い、鞄からスマートフォンを取り出すと、昨晩チェックしておいたウェブページを開いて彼に向ける。

「わたし、いい感じのカフェ見つけたんです。この間SNSでバズってたんですけど、今月限定のスフレパンケーキがすごくおいしそうなんですよ」

「ふうん。じゃ、そこに行こうか」

 そっけない返事ではあるけれど、希望が通って満足だ。

 青い空の下を、笑い合いながら肩を並べて歩く。その姿は、傍目にはきっと、恋人同士が楽しげに昼下がりを過ごしているようにも見えただろう。

 しかしそんな雰囲気は、修二の質問であっさり消えてしまう。

「折橋から、連絡は?」

 それは修二の当面の懸念事項であり、そして奏の悩みの一つでもあった。

 姉への不満と心配を思い出し、奏の唇が尖る。答えは唸るような低い声になった。

「ありません」

「そうか。ま、いつものように、そのうちひょっこり戻ってくるさ」

 修二の励まし。ただ、彼自身がその言葉を信じていないことは口ぶりからも明らかだった。

 占い師オリハシ。それは奏の姉、折橋紗枝の芸名だ。

 よく当たると評判の、若い女占い師。人並み外れた霊感を持つとされる彼女の素顔は謎に包まれていて、そのミステリアスさが、より世の人々の注目を集めている。人が腹の底に隠した秘密すら見透かすその目と腕前は「神懸り」とすら称されて、ときに恐怖の、ときに畏怖の対象となっている。修二もたびたび雑誌に彼女の記事を書いているが、彼女の記事が載る号だけは売り上げが著しく伸び、匿名サイトやらSNSやらの書き込みも極端に増えるというから、人気は相当なものと言えた。

 ……だから「我こそは占い師ぞ」とかもったいぶっておとなしくしていればいいのに、姉は決してそうしない。持ち前の好奇心で胡散臭いもの、人、出来事、何にでも首を突っ込んでは、頻繁にトラブルに巻き込まれ失踪騒ぎを起こす。

 そして、彼女は失踪直前、毎回とある一言を奏へ残していくのだ。それはとても短く、かつ、いたく簡潔な一言。

「奏ちゃん、しばらく代役よろしくね」

 無茶苦茶な話だ、と思う。姉は自分のいない間、ごく一般的な大学生の奏に、占い師オリハシの仕事を引き受けろと言うのだから!

 妹としては、文句の一つや二つ──いや三つ四つと心ゆくまで言いたいが、そのときにはすでに姉はどこかへ行っていて、携帯電話も通じない。その間にも、迷える依頼者は救いを求めて占い師オリハシへ依頼を送ってくる。姉は自分の不在の間、それらの依頼を処理しておいてくれと、まるで今晩の夕飯担当を交代するかのような気軽さで言い残していくのだ。

 しかし奏には、神懸り的な能力どころか、占いの知識すらもない。だから奏は占い師オリハシの代役を務めるとき、占いとは異なる方法で、依頼者の未来を見通している。

 ──かれこれ二ヵ月半連絡のない姉のことを思い、怒り半分、心配半分の心持ちで、奏はうんざりと愚痴を吐いた。

「今度はどこをほっつき歩いているのやら。危ないことしていなければいいんですけど」

 学生時代からの付き合いである修二は、姉の無鉄砲さも知っている。危ないこと──の部分に、奏の天秤が「心配」に傾いたことを察したか、「しかし占い師オリハシは、本物がいないというのに変わらず盛況だな」と、妙に明るい声で言った。

「そろそろ奏が本物に成り代われるんじゃないのか」

「冗談言わないでくださいよ、修二さん。わたしは盛況『だから』困っているんです。わたし自身は、占いだなんて非科学的なもの、信じてないのに」

「お前は本当に、オカルトが苦手だな」

「苦手っていうか、そんなものが本当に存在するなら証拠出せって思いませんか?」

「人知が及ばず、証拠がないから超常現象なんだろうよ。食わず嫌いしないで、文献とか読んでみると面白いぞ……そうだ、俺のおすすめの本貸してやろうか? 最近読んで面白いと思ったのは『妖怪の民俗学』っていう柳田民俗学の観点から再分析した日本の妖怪に関する文献なんだけど次の特集記事は失われた古代文明と宇宙人の──」

「修二さん、ステイ」

 早口になってきた修二を、左手を向けることで制止。

 オカルト雑誌の記者を生業とし、超常現象や怪異、俗信に関して多くの知識を有している彼は、個人的な趣味としてもそれらをよく好んでいて、下手にその方面の話を振ると止まらなくなる。

 指示に従い口を閉じた修二へ、奏は牽制するように告げた。

「今日は修二さんの趣味のお話じゃなくて、わたしの相談に乗ってもらうお約束でしょう」

「そうだ、そうだ。お前が悩んでる『今回の依頼』っていうのはどんなものなんだ?」

 奏が「代役」の仕事に悩むと、修二はいつも相談に乗ってくれる。姉は失踪直前、頼れる友人である彼に、いつも「妹をよろしく」と奏のことを頼んでいくのだった。「あいつにはしょっちゅういい記事書かせてもらっているから、俺にできるだけのことはするさ」などとよく言っているが、実際のところ奏の仕事に協力してくれるのは、いずれ本物のオカルト案件に出会えるのではないかという好奇心ゆえだ。

 しかしそれも、想い人に近づくチャンスなら! 奏は両手を組んで修二を見つめた。

「愛しい愛しいカナちゃんを助けてあげたいという修二さんのお心、とっても嬉しいです。ありがとうございます。好きです。結婚を前提に結婚しましょう」

「それで今回の占いの依頼っていうのは、金運か、それとも仕事運か?」

「……。いえ」

 完全にスルーされたので、こちらも真面目に話すことにする。

「今回の依頼者の方は、ですね」

 やや声を潜めて、

「『自分の恋人が、魔女に呪われているかもしれない』って言っているんですよ」

「ほお」

 修二の相槌が、心なしか弾んだ。空を見て、「魔女ねえ」と呟く。

「魔女。魔術、あるいは呪術とも言える力で、病気や怪我を治癒させる、一種のシャーマン。宗教や歴史の表舞台に存在した『魔女』を言うならば、『悪魔』の手下とされる呪術を扱う者たちのことで、十六から十七世紀にかけて、魔女狩りにて迫害された。そういうもののこと。──現代の人間が『魔女』やその呪いという言葉をよくない意味で使うのであれば、童話や物語の世界に登場する『魔法使い』を指すものとして使う方が多いかもしれないな。箒で空を飛んだり、大きな鍋で薬を作ったり……人知を超越した謎の力で人を苦しませ、悩ませる」

 人を呪い、悩ませる──謎の力で。依頼者が悩んでいる現状を思えば、まさしく依頼者の恋人は「魔女」のようだとも言えるのかもしれない。

 奏の雰囲気から何かを感じ取ったのか、修二が「まさか」と呟く。信じがたい、というよりも、とても面白いものを聞いたというニュアンスで。

「今回の依頼は、『魔女にかけられた呪いを解いてほしい』って?」

「まぁ、遠からずです」

 女子大生の求愛よりも「魔女」の一言に対して嬉しそうにするオカルトオタクな想い人へ、多少の不満とやるせなさを抱きつつも頷く。納得はいかないけれど、今日の相談はそれがメインだ。

 喋って聞かせるより、実際に依頼者の語るところを見てもらった方が早いだろう。奏は愛用のタブレット端末を取り出すと、依頼者から依頼を受けたときの録画データを画面に表示し、修二へ差し出す。受け取った彼が画面をタップし、動画の再生が始まったのを確認してから、奏はそのときのことを思い返した。

「依頼者はサカイ様とおっしゃる男性の方で、ウェブで実際にお話ししたのは昨日のこと。『結婚運を占ってほしい』というご依頼を頂戴しました。ただ、彼が言うには、昨今、恋人が奇妙な様子を見せているそうなのです──」


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