平成、僕たちの時代

文字数 1,427文字

 よし、平成を書こう。
 そう思ったのは、2017年12月。天皇陛下(現・上皇陛下)が2019年4月30日に退位して元号が変わる、つまり平成が終わるというニュースが流れてきたときだ。
 元号が昭和から平成に変わったとき、僕は中学一年生だった。冬休みで、友達とスケートに行く約束をしていた日だったと記憶している。あの日、青春と呼ばれる季節の入口にいた僕は、もうすっかりいい大人に、否、中年のおじさんになってしまった。恋愛、受験、就職、結婚、子育て、そして作家になったことも含めて、僕の人生の大きな出来事は、ほとんど全部、この平成の30年の中に詰め込まれている。俗に、団塊ジュニアとか、ロスジェネとか呼ばれる、僕と同じ世代の人々はみな、そうだろう。平成は僕たちの時代だ。
 バブル経済の真っ只中でイケイケどんどんだった、平成の初期。バブルが崩壊し、まるで社会の底が抜けたことを暗示するかのように、阪神・淡路大震災とオウム真理教事件が立て続けに起きた平成の前半。長期不況から脱却できぬまま、社会のそこかしこで制度疲労が明らかになる中、東日本大震災を経験した平成の後半。数え切れない困難と不安に苛まれながらも、かつてはなかった多様性を受け入れ始めた平成の終盤──もちろん僕とは違った見方をしている人も多くいるだろうけれど、何もない時代だったと思う人はまずいないだろう。天皇陛下が退位し終わる日が事前にわかったというこの一点をとっても、時代の変化ははっきりとわかる。
 正直、平成がいい時代だったかはわからない。僕自身はバブル崩壊後の煽りをもろに食らったという思いを捨てきれない。もしかしたら僕は平成を憎んでいるのかもしれない。でも、愛おしくも思う。そのすべてを書きたいと思った。この30年で僕が見たこと、聞いた音、嗅いだ匂い、触れたもの、そして感じた、すべて。この僕たちの時代のすべてを。
 思うのは簡単でもやるとなったら大変だ。というより、すべてを書くなんてそもそも不可能だ。それに僕が書くのは小説であって、歴史書ではない。だから僕は一人の男にそれを託すことにした。
 平成が始まった日に生まれ、終わった日に死んだ男。それがブルーだ。平成をいい時代だと言えない僕が書くのだから、彼は幸福とは言い難い人生を送る。思えば作者の特権を使い、ずいぶん残酷なことをしてしまったかもしれない。けれどブルーの周りの人々は、彼がいたことで美しい何かに触れる。不幸や哀しみに打ち克つ景色を見る。
 この小説を読むあなたにとってもそうであるようにと願いながら、書いた。ブルーとともに平成の30年を横断しつつ、本を読む前と違う景色に触れられるように。そのとき、ブルーの物語は完成する。
 そう、この小説を完成させるのは、あなたなのだ。



葉真中顕(はまなか・あき)
1976年東京都生まれ。2013年、『ロスト・ケア』で第16回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、デビュー。第2作『絶叫』は第36回吉川英治文学新人賞、第68回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)の候補となり、大きな話題を呼ぶ。‘19年、『凍てつく太陽』で第21回大藪春彦賞を受賞。そのほかの著書に、『コクーン』『政治的に正しい警察小説』『ブラック・ドック』『そして、海の泡になる』『W県警の悲劇』『灼熱』などがある。

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