「私は立花誾千代です」

文字数 2,350文字

≪大友サーガ≫シリーズの著者・赤神諒さんによる【刊行記念エッセイ】!!

立花誾千代を描いたその理由とは!?

 戦国の英雄・立花宗茂とその妻誾千代は「不仲だった」と、しばしば言われます。



 戦国サラブレッドのカップルなのに、別居して、夫婦には子供も生まれませんでした。誾千代は宗茂が側室を持つことに猛反対し、嫉妬に身を焦がしていた、などのありがちなエピソードまで、後世に付け加えられています。二人の「不仲」は、戦国史における有名な謎のひとつでもあります。



 誾千代を主人公とする物語の構想にあたり、不仲説をどう扱うかは最重要のポイントでした。小説家として、不仲の理由をあれこれ考えながら、史資料を紐解き、そして世界で最も誾千代に詳しいキーパーソンお二人からもお話を伺ううち、私は「真実は不仲でなかった」という出発点から発想しよう、と決めました。



 実は不仲を示す史実や手紙も見当たらないこと、むしろ宗茂が筑後柳川に返り咲いてまもなく、ずっと昔に若くして亡くなった誾千代の菩提寺を建てたこと、おまけに毎日茶を点てるよう開山に懇願したことを知ったからです。



 誾千代と宗茂は、不仲でなかった。それどころか仲睦まじく、互いに相手を思いやる夫婦だった。にもかかわらず、「〇〇だったために、周りからは不仲に見えていただけ」だ。では、その〇〇とは何か。う~ん、難問ですが、意外と早く思いつきました。



 私は、誾千代が崇敬した「()()()(てん)」から、着想を得ました。



 白狐にまたがり剣を持つ勇敢な仏教神は、性愛を司る女神でもあります。なぜ誾千代は、この女神を選び、篤く信仰したのだろう……。



 そうか、もしや誾千代は〇〇だったのではないか。



 もしそうなら、宗茂と固い絆で結ばれているのに、不仲に見えても仕方がない。いや、そのほうがむしろ自然でさえある。後で出来上がったいろいろなエピソードとも整合する。不仲説を裏付ける史料が存在しないのも、不仲と疑われる原因が秘匿されて伝わっていないのも、当たり前だ。



 前代未聞のアプローチなのに、執筆しているうち、本当にそうだったのではないか、いつか赤神説を裏付けるような史料が見つかりはすまいか、などと思ったものです。



『誾』を読み進めるうち、読者の皆さんは、誾千代の不可解な行動にたくさんの?を付けることでしょう。でもそれは中盤、誾千代が〇〇という謎を知った時、物語を貫くたった一つのキーワードで氷解します。カバーイラストでは、まさにその場面が選ばれています。その後は主人公に寄り添いながら、ジェットコースターのようなハラハラドキドキの展開を最後まで楽しんでいただけるはずです。



 本エッセイのタイトルは、何の変哲もない、単なる自己紹介のように響く言葉ですが、このセリフこそが本作品のテーマであり、現代読者へのメッセージであり、主人公が自らの宿命に対峙て出した答えであり、生き方なのです。



 



 かくて本作品は、歴史ミステリーに対する一小説家の挑戦なのですが、アーティストとのコラボ企画でもありました。



 アート大好きな私は、足繁くミュージアムへ通い、様々な作品を鑑賞しながら「物語」を妄想して、時を忘れています。小説執筆では、物語のシーンを脳内で映像化しますが、そんな私が「新聞連載」という自分の小説に毎日絵をつけてもらえる無上の喜びを知ってしまった時、ある企画を思い付いたのです。



 大分発・世界初?!の「GINプロジェクト」は、〈市民参加型・紙上展覧会方式〉の新聞連載小説の試みで、明日を担う大分県立芸術緑丘高美術科に在籍していた約120名ものアーティストの卵たちが、大分合同新聞紙上で渾身の作品を毎日披露してくれました。



『誾』のカバー、扉絵に始まり、本書の装幀にふんだんに用いられている画の数々は、その成果物で、現在もWEB上に未掲載分も含め、全作品が制作意図ともに掲載されていますから、物語の展開と合わせてぜひお楽しみください。



 私は、対面あるいはオンラインで、生徒さんたち、熱血先生方と何度も交流しました。GINは美術教育とまちおこしに新風を巻き起こす試みでもありました。ちなみに現在、第二弾が新潟日報で進行中、少し先ですが、第三弾もすでに内定しています。



 ギリシャ・ローマ神話、新旧聖書、日本書紀、源氏物語、平家物語などなど、無数の「物語」は、洋の東西を問わず、芸術家の想像力を刺激し、優れた作品を生み出す原動力となってきました。<小説とアートのコラボ>という、古くて新しいムーブメントで、文芸業界を活性化できないか、一作家として微力ながら挑戦を続けたいと考えています。

プロフィール

赤神諒(あかがみ・りょう)

1972年京都府生まれ。大学教員、法学博士、弁護士。2017年『大友二階崩れ』で日経小説大賞を受賞し作家デビュー。『大友の聖将』『妙麟』『立花三将伝』など「大友サーガ」をライフワークとする。2023年『はぐれ鴉』で大薮春彦賞受賞。

(ぎん)』赤神諒 9月20日発売 税込1980円

『誾』(光文社)……大友宗麟の家臣で西国最強の将、戸次道雪のひとり娘、立花誾千代は、幼い頃から男勝りで武芸に秀でていた。父の跡を継いで女城主となり、目指すは最強の女武将だったが、幼馴染の高橋紹運の嫡男、統虎に懇願され、妻として生きる覚悟を決める。だが、立花家を継いだ統虎とは子を生さぬゆえ、不仲がささやかれていた。実は統虎は、愛しても無駄だと知りながら、それでも妻をひたむきに愛し、誾千代も必死にそれに応えようとしたのだーー。

自分が女であることに揺らぐ、西国一強く美しい女城主の生涯を描く、歴史小説の新境地。

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