思春期の鬱屈を突き破る快作/『二木先生』

文字数 1,291文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は三宅香帆さんがとっておきの青春・恋愛小説をご紹介!

三宅香帆さんが今回おススメする青春・恋愛小説は――

夏木志朋著『二木先生』

です!

 なかなか周囲に溶け込めない。なんだか周囲と自分は違うらしい。だけどどこかで、そんな自分を、特別なんじゃないか、何らかの才能があるんじゃないか、周囲の人間が自分の良さを分かっていないだけなんじゃないか──そんなふうに思ってしまう思春期を過ごしたあなたに、ぜひ読んでほしい「青春小説」である。はじめはむず痒くて、胸が痛くなるかもしれない。しかしきっと読後は爽やかだ。良質なジュブナイル小説が日本にまたひとつ誕生したのだと、きっと思ってもらえるはずだ。


 語り手となる主人公は、高校生の田井中。彼はどうしても自分が周囲から「浮いてしまう」ことを昔から自覚していた。みんなの選ぶほうを選べない、空気を読むことが苦手だった。だから昔から友達はいないし、変わった子だねと言われ続けてきた。そんな自分をさらして生きるのか、あるいはそんな自分を隠しきって他人に合わせて生きていくのか、いまだにどうしたらいいか分からないのだった。そんな田井中は、自分の担任である二木先生の秘密を知っている。二木先生は、一見なんの変哲もなく爽やかな美術の先生という印象を与える。そんな二木先生の秘密は、田井中にとって重要な問題をはらんでいるのだった。


 読み始めると、田井中の真っ黒な鬱屈に面食らうかもしれない。「思春期」という一言で終わらせるのは躊躇われるくらい、彼の自意識をめぐる語りはどす黒い。ある意味、露悪的にも受け取れるような彼の語りに、「この話はどこへ行くんだろう?」と不安になる人もいるのではないだろうか。しかしそんな読者の不安は、ちゃんと物語の面白さをもって解決に向かう。田井中は二木先生と関わるなかで、自らと正面から向き合うことになるからだ。


 大人になっても、自分と向き合うのは難しい。やっぱり自分のことは可愛いし、他人から見た自分なんて直視したくない。しかし社会で生きてゆくためには、自分と他人との折り合いをつけることが絶対に必要だ。その折り合いのつけ方を、蔑みもせず、期待もさせすぎずに、子どもたちに教えることは、きっとなにより難しい作業だ。しかし二木先生はそれをやってのける。田井中の鬱屈にとある決着を迎えさせるのだ。


 あなたにとって社会はそんなに簡単な場所ではないが、同時にそんなに悪い場所でもない。そう説く二木先生の姿に、田井中とともに、読者も救われた気分になるのではないだろうか。

この書評は「小説現代」2022年12月号に掲載されました。

三宅香帆(みやけ・かほ)

1994年生まれ。『人生を狂わす名著50』で鮮烈な書評家スタートを切る。著書に『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』など。近著は『女の子の謎を解く』、自伝的エッセイ『それを読むたび思い出す』。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色