私が両方を売り続けることは、間違ってない。

文字数 1,097文字

「文庫になりました。3年経っても『本屋の新井』です。」

型破り書店員による”本屋の裏側”エッセイ集が9月に講談社文庫から発売。それを記念して、発売日まで5日連続で、カウントダウン試し読みをお届け! 本日は、第3弾です。

 雑誌『Pen』を、呼吸するように買った。特集は「もうすぐ絶滅するという、紙の雑誌について。」。

 だが持ち帰って、ページを開くまでに数日かかった。なんだか怖かったのだ。もうすぐ自分が絶滅してしまうみたいで。


 私は紙の本、主に文芸書の担当だが、興味本位で立候補し、電子書籍も担当していた。レジで、電子書籍をダウンロードするコードを販売できるのだ。何が電子化していて、どれが今お勧めなのか、店頭でアピールをして販売促進をする。やっていることは紙の本と同じだ。お客様が欲しいものを揃えて提供することは、小売として当たり前のことである。しかし、電子版の『Pen』を10冊売れば、紙の『Pen』の売上げは約10冊減る。私は絶滅を食い止めるどころか、悪事の片棒を担いでいるのか?

 だが、恐る恐る開いた『Pen』では、紙雑誌ラバーが愛を叫んでいた。主にノスタルジーだが、彼らはまだまだ生きるのだろうし、そんなに好きなら買い続けるのだろう。それなら、売るまでだ。

 私は紙の本のために生きているわけではない。なんとなく世の中の図式に当てはまってそんなような気になっていたが、電子が敵だと思ったことなど一度もない。

 我々が立場上できることには限界があり、元来お店とは、消費者のためにある。

 動物や植物と違って、人間が作り出すものは、欲しがる人がいなくなった途端、あっという間に絶滅する。それはそんなに珍しいことだろうか。


 店頭には、毎週のようにやって来て、電子書籍リーダーの使い方を私に尋ねるおじいさんがいる。「もうわし、『文藝春秋』が重くて持ち上げられない」と言って、メモを取りながらダウンロードの仕方を覚えて帰る。次に来たときにはおじいさん、完璧にリセットされているのだが、それでも懲りない。どうしても、読みたいのだ。

 私が両方を売り続けることは、間違ってない。

新井見枝香(あらい・みえか)

1980年東京都生まれ。書店員・エッセイスト・踊り子。文芸書担当が長く、作家を招いて自らが聞き手を務めるイベントを多数開催。ときに芥川賞・直木賞より売れることもある「新井賞」の創設者。「小説現代」「新文化」「本がひらく」「朝日新聞」でエッセイ、書評を連載し、テレビやラジオにも数多く出演している。著書に『探してるものはそう遠くはないのかもしれない』『この世界は思ってたほどうまくいかないみたいだ』がある。

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