月だけが知っていること

文字数 970文字

 この世には「縁」というものがある。ふと知り合った人の言葉が人生を変えたり、通りすがりの人に助けられたり、大切な人が、実は親族や知人とつながりのある人だったとわかったり。そういう不思議な「縁」を感じることは、ままある。
 しかしそれは、当事者たちがつながりに気がつくからこそ「縁」と認識され、その巡り合わせに驚嘆したり感謝したりするのだ。誰にも気づかれないうちにつながっているものがあり、知らないうちに運命が変えられているのだとしたら? そんな発想が『熟れた月』という物語を生んだ。
 この中には様々な人物が出てくる。先輩に片思いする女子高生。乳がんに冒され、余命宣告を受けたヤミ金業者。彼女にこき使われる取り立て屋。車椅子生活を強いられた裕福だが孤独な男。赤の他人の彼らに接点はほとんどない。もしこの人たちが本当はつながっていて、それと意識しないのに、少しずつ相手に影響を与えているとしたら、これほど稀有で奇妙なことはないだろう。
 しかし書いているうちに、こういうことは案外あるのではないかと思い始めた。人が生きていくこと、死んでいくこと自体が大きな物語だし、好むと好まざるとにかかわらず、一生の内にはたくさんの人と接しているのだから。ささやかな奇跡は、あらゆるところで起こっているのかもしれない。
 謎の少年リョウが彼らの間を駆け巡り、登場人物たちは小さな気づきに導かれていく。そして意味深い言葉を口にする。「初めっからやり直せる。すべてはうまくいく」「永遠も、一瞬、一瞬のつながりなんだ」「死ぬその瞬間までは、生きることを考えてりゃ、間違いない」
 世界の底には、人と人とをつなげる大きな力が働いているのかもしれない。そのことは、たぶん夜空で熟れていく月だけが知っているのだ。



宇佐美まこと(うさみ・まこと)
1957年愛媛県生まれ。
2006年「るんびにの子供」で第1回『幽』怪談文学賞〈短編部門〉大賞を受賞しデビュー。
2017年『愚者の毒』で第70回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞。怪異や人間の闇に迫る作品で注目される。ほかの作品に、『展望塔のラプンツェル』『ポニン浄土』『羊は安らかに草を食み』などがある。


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