銃を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆

文字数 3,155文字

話題の作品が気になるけど、忙しくて全部は読めない!

そんなあなたに、話題作の中身を3分でご紹介。

ぜひ忙しい毎日にひとときの癒やしを与えてくれる、お気に入りの作品を見つけてください。

今回の話題作

逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』

この記事の文字数:1,611字

読むのにかかる時間:約3分02秒

文・構成:ふくだりょうこ

■POINT

少女は、なぜ狙撃手となったのか

・戦争のさなかで人は正気を保てない

・よりどころは少女たちの絆

■少女は、なぜ狙撃手となったのか



「銃を手に取っているときは歴戦の兵士に見えるのに、ああしているとまるで普通の、可愛い少年だから……」


生きることは困難だ。生きるための手段を選んだだけだったのに、人は少しずつ変わっていく。

第11回アガサ・クリスティ―賞大賞受賞作の『同志少女よ、敵を撃て』。逢坂冬馬のデビュー作だ。第166回直木賞候補作にもノミネートされている。


舞台は1942年、ソ連。独ソ戦が激化する中、主人公のセラフィマはモスクワ近郊の農村イワノフスカヤ村で猟師の母と穏やかに暮らしていた。

しかし、ある日突然村はドイツ軍に襲われ、母や村人たちが殺された。セラフィマも射殺されそうになったその瞬間、赤軍の女性兵士イリーナに助けられる。

全てを失ったセラフィマにイリーナは問いかける。

「戦いたいか、死にたいか」

母を撃ったドイツ人狙撃手、そして母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために、セラフィマは戦うことを決意する。

セラフィマは、女性狙撃兵訓練学校で自分と同じ境遇の少女たちと共に狙撃兵になるための訓練を受け、やがて独ソ戦の真っただ中に向かっていく。

■戦争のさなかで人は正気を保てない



もともと、猟師だったセラフィマ。母の手ほどきを受けて、狙撃の心得はあった。が、それだけでは一流の狙撃手にはなれない。訓練学校では座学、実践訓練、過酷な基礎体力訓練。更に、「一カ所に留まるな!」「自分の撃った弾が最後だと思うな!」「相手を侮るな!」「賢いのは自分だけだと思うな!」という狙撃兵の鉄則を叩き込まれる。

訓練ではできても、実践ではどうか。はじめは人間どころか動物を撃てない仲間もいた。最初の実践でセラフィマは、距離が近いにもかかわらず狙撃を外してしまう。さらには仲間が死んで声をあげて泣いた。


戦争は殺し合いだ。殺したくない、戦いたくない、と思っても、敵前逃亡、投降した場合は味方によって処刑される。捕虜となっても殺される。前に進み、相手を倒し続けるほかに生きる道はなかった。

セラフィマたちも正気であろうとしながらも、ときどき心のタガが外れる。動物を殺すこともできなかったのに、標的である敵兵を仕留め、その喜びに打ち震える。笑いながら敵兵を撃ち、殺した数を自慢する。

平和な時代に暮らしている人間は忘れ去っている殺気、恐怖、血の匂い。

それが文字から滲み出て、読者を戦いの中に引きずり込む。早く戦争が終わってほしい。本を閉じれば、私たちは戦いの中から逃げられる。それでもページを捲り続けてしまうのは、圧倒的な描写力と、やはり彼女たちの行く末を知りたいと思ってしまうからだろう。

■よりどころは少女たちの絆



訓練学校を卒業したセラフィナたちはそのままイリーナに率いられ、狙撃専門小隊として戦争に加わる。死ぬまで、もしくは戦争が終わるまで、彼女たちは行動を共にすることとなる。

最初は反発し合ったり、言葉を交わすことが少なかったりと、それぞれに壁があったが、生死の境界線を一緒にたどり続ければ関係は変化していく。死を目の前にしたとき、人は本性を現す。自覚のない本性をむき出しにし合う。それはきっと、人を殺すときにも。

「私たちずっと友だちだよ」などというような言葉はない。ただ、一緒に生き抜く。それだけが彼女たちを繋ぎ、何よりも強固な絆となる。悲惨すぎる戦いの中、信じられるものはその絆しかないように思える。


第二次世界大戦時、ソ連は実際に多くの女性兵士を前線に動員していた。彼女たちは何を思い、何を抱え、失い、前線に立っていたのだろうか。

今の私たちには想像することしかできない。が、本作を読めば、その想像は少しだけ輪郭が濃くなるはずだ。そしてきっと思う。「生きたい」と。

今回紹介した本は……


『同志少女よ、敵を撃て

逢坂冬馬

早川書房

2090円(1900円+消費税10%)

「忙しい人のための3分で読める話題作書評」バックナンバー

「推しって一体何?」へのアンサー(『推し、燃ゆ』宇佐見りん)

「多様性」という言葉の危うさ(『正欲』朝井リョウ)

孤独の中で生きた者たちが見つけた希望の光(『52ヘルツのクジラたち』町田そのこ)

お金大好き女性弁護士が、遺言状の謎に挑む爽快ミステリー(『元彼の遺言状』新川帆立)

2つの選択肢で惑わせる 世にも悪趣味な実験(『スイッチ 悪意の実験』潮谷験)

「ふつう」も「日常」も尊いのだと叫びたい(『エレジーは流れない』三浦しをん)

ゴッホはなぜ死んだのか 知識欲くすぐるミステリー(『リボルバー』原田マハ)

絶望の未来に希望を抱かざるを得ない物語の説得力(『カード師』中村文則)

黒田官兵衛と信長に叛旗を翻した謀反人の意図とは?(『黒牢城』米澤穂信)

恋愛が苦手な人こそ読んでほしい。動物から学ぶ痛快ラブコメ!(『パンダより恋が苦手な私たち』瀬那 和章)

高校の部活を通して報道のあり方を斬る(『ドキュメント』湊かなえ)

現代社会を映す、一人の少女と小さな島の物語(『彼岸花が咲く島』李 琴峰)

画鬼・河鍋暁斎を父にもったひとりの女性の生き様(『星落ちて、なお』澤田瞳子)

ミステリ好きは読むべき? いま最もミステリ愛が詰め込まれた一作(『硝子の塔の殺人』知念実希人

人は人を育てられるのか? 子どもと向き合う大人の苦悩(『まだ人を殺していません』小林由香)

猫はかわいい。それだけでは終われない、猫と人間の人生(『みとりねこ』有川ひろ)

指1本で人が殺せる。SNSの誹謗中傷に殺されかけた者の復活。(『死にたがりの君に贈る物語』綾崎隼)

“悪手”は誰もが指す。指したあとにあなたならどうするのか。(『神の悪手』芦沢央)

何も信用できなくなる。最悪の読後感をどうとらえるか。(『花束は毒』織守きょうや)

今だからこそ改めて看護師の仕事について知るべきなのではないか。(『ヴァイタル・サイン』南杏子)

「らしさ」を押し付けられた私たちに選ぶ権利はないのか(『川のほとりで羽化するぼくら』彩瀬まる)

さまざまな「寂しさ」が詰まった、優しさと希望が感じられる短編集(『かぞえきれない星の、その次の星』重松清)

ゾッとする、気分が落ち込む――でも読むのを止められない短編集(『カミサマはそういない』深緑野分)

社会の問題について改めて問いかける 無戸籍をテーマとしたミステリー作品(『トリカゴ』辻堂ゆめ)

2つの顔を持つ作品たち 私たちは他人のことを何も知らない(『ばにらさま』山本文緒

今を変えなければ未来は変わらない。現代日本の問題をストレートに描く(『夜が明ける』西加奈子)

自分も誰かに闇を押し付けるかもしれない。本物のホラーは日常に潜んでいる(『闇祓』辻村深月)

ひとりの女が会社を次々と倒産させることは可能なのか?痛快リーガルミステリー(『倒産続きの彼女』新川帆立)

絡み合う2つの物語 この世に本物の正義はあるのか(『ペッパーズ・ゴースト』伊坂幸太郎)

新たな切り口で戦国を描く。攻め、守りの要は職人たちだった――(『塞王の楯』今村翔吾)

鍵を握るのは少女たち――戦争が彼女たちに与えた憎しみと孤独と絆(『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色