〈７月１７日〉　令丈ヒロ子

あしたはあしたで、若(わか)おかみ


「おっこ、おつかれさま。後(あと)かたづけはエツコさんとするから、もう後(あと)はいいよ。康(こう)さんが夜食(やしょく)を作(つく)って、お部屋(へや)に置(お)いてくれているからね。早(はや)く着(き)がえておあがり」
「はあい」
　おばあちゃんに言(い)われて、おっこはほーっとした。
　今日(きょう)は春(はる)の屋(や)旅館(りょかん)では初(はじ)めての試(こころ)み、リモート宴会(えんかい)をしたのだ。
　花(はな)の湯(ゆ)温泉(おんせん)通(どお)りの商店主(しょうてんしゅ)たちの寄(よ)り合(あ)いを、秋好(しゅうこう)旅館(りょかん)で好評(こうひょう)のリモート宴会(えんかい)プランを見習(みなら)って、うちでもやろうということになったのだ。
　春(はる)の屋(や)旅館(りょかん)には、商店街(しょうてんがい)振興会(しんこうかい)の会長(かいちょう)さんだけが来(き)て、残(のこ)りの五人(にん)がネット参加(さんか)する形(かたち)になった。
　春(はる)の屋(や)旅館(りょかん)にはネットにくわしい人(ひと)がだれもいない。秋好(しゅうこう)旅館(りょかん)の次期(じき)社長(しゃちょう)・秋野(あきの)真月(まつき)さんに教(おし)えてもらって、あんずの間(ま)にパソコンを置(お)き、Ｗeb(ウェブ)ミーティングのアプリを使(つか)えるようにするだけでも大騒(おおさわ)ぎだった。
　自宅(じたく)で参加(さんか)のお客様(きゃくさま)には、特製(とくせい)宴会(えんかい)弁当(べんとう)を先(さき)に配達(はいたつ)する予定(よてい)だったのだが、到着(とうちゃく)が宴会(えんかい)開始(かいし)ギリギリの時間(じかん)になってしまった。
　やっとリモート宴会(えんかい)がはじまってみると、とちゅうでだれかの映像(えいぞう)がヘン顔(がお)のままかたまってしまったり、急(きゅう)に画面(がめん)から退出(たいしゅつ)してしまう人(ひと)が続(つづ)いたり。
　そのさなか、『テレワークおこもりプラン』で、ねこやなぎの間(ま)に滞在(たいざい)中(ちゅう)の桜丘(さくらおか)様(さま)が、露天(ろてん)風呂(ぶろ)独占(どくせん)サービスを楽(たの)しみすぎ、湯(ゆ)あたりしてひっくりかえってしまった。
　もう、なにがなんだかわからないうちに、宴会(えんかい)が終(お)わったのだった。
「ああー、たいへんだった……。くー、マスクあっつい！」
　手(て)を洗(あら)い、自分(じぶん)の部屋(へや)に入(はい)るなり、おっこはおばあちゃんお手製(てせい)の着物(きもの)生地(きじ)のマスクをはぎ取(と)った。鼻(はな)から下(した)が汗(あせ)びっしょりだ。
「うー、うーん！」
　背中(せなか)に手(て)を回(まわ)したが、鳥(とり)のつばさのように大(おお)きく広(ひろ)げて結(むす)んだ帯(おび)がなかなかとけない。
　お客様(きゃくさま)に近(ちか)づきすぎないように、帯(おび)をつばさみたいに広(ひろ)げて結(むす)んだら、天使(てんし)みたいでステキかも！　とアイデアを出(だ)したのはおっこだったが、「天使(てんし)結(むす)び」は帯(おび)を二本(ほん)使(つか)うため、めちゃくちゃ重(おも)かった。
「ね、美陽(みよ)ちゃん、これはずして！」
　世話好(せわず)きのユーレイの友(とも)だちにいちおう頼(たの)んでみる。でも返事(へんじ)はない。
　なんとか一人(ひとり)で帯(おび)をといたけど、髪(かみ)はバサバサ、着物(きもの)もはだけて、すごいかっこうになった。
――おっこ、落(お)ち武者(むしゃ)みたいやで。
　天井(てんじょう)近(ちか)くからさかさまになって、がたがたの反(そ)っ歯(ぱ)を見(み)せて大笑(おおわら)いしている、ユーレイ少年(しょうねん)のすがたが目(め)に浮(う)かぶ。
「ウリ坊(ぼう)、笑(わら)わないでよう！」
　優(やさ)しくていつでもおっこの味方(みかた)だった、二人(ふたり)のユーレイはもうここにはいない。遠(とお)くに行(い)ってしまった。
　それはわかっているけど、今日(きょう)みたいにいそがしすぎた日(ひ)は、そこにいるかのように話(はな)しかけるとほっとするのだ。
――おっこ、今日(きょう)はホントによくやったわよ。
――そやそや。緑屋(みどりや)の店主(てんしゅ)さん、足(あし)が悪(わる)いやんか。こうやって家(いえ)にいるのに宴会(えんかい)に参加(さんか)できてうれしいってよろこんだはったで！　よかったな。
　二人(ふたり)がそう言(い)って、はげましてくれている気(き)がする。
（今日(きょう)の若(わか)おかみは、もうおしまい！　あしたは、あしたのやり方(かた)で、またがんばったらいいよね）
　おっこは、うん！　とうなずいて、勉強(べんきょう)机(づくえ)に置(お)いてあったお皿(さら)のラップをはがし、とろろこんぶののったおにぎりにぱくっとかじりついた。
　おにぎりはまだ、ほんのりあたたかかった。


令丈ヒロ子（れいじょう・ひろこ）
大阪(おおさか)府(ふ)生(う)まれ。嵯峨(さが)美術(びじゅつ)短期(たんき)大学(だいがく)卒業(そつぎょう)。講談社(こうだんしゃ)児童(じどう)文学(ぶんがく)新人(しんじん)賞(しょう)に応募(おうぼ)した作品(さくひん)で注目(ちゅうもく)され、作家(さっか)デビュー。おもな作品(さくひん)に「若(わか)おかみは小学生(しょうがくせい)！」シリーズ、「異能力(いのうりょく)フレンズ」シリーズ、『長浜(ながはま)高校(こうこう)水族館(すいぞくかん)部(ぶ)！』『パンプキン！　模擬(もぎ)原爆(げんばく)の夏(なつ)』『なりたい二人(ふたり)』『かえたい二人(ふたり)』などがある。２０１８年(ねん)「若(わか)おかみは小学生(しょうがくせい)！」シリーズがテレビアニメ化(か)、劇場(げきじょう)版(ばん)アニメ化(か)されて大(おお)きな話題(わだい)に。

【近刊(きんかん)】