[commentary] 『無双航路』原作者がコミックスを逆引き解説!

文字数 2,701文字

 平凡な男子高校生が転生したのは、宇宙戦艦に搭載されたAI――!? 従来の異世界転生とは一線を画した設定で読者の度肝を抜く人気作『無双航路』。石口十作画によるコミカライズも好評連載中です。本記事では、8/6発売のコミックス第1巻より、原作者・松屋大好が推しシーンを解説。コミック版独自のこだわりポイントに作品誕生秘話等、再読も楽しくなるエピソード満載です。
●コミカライズで原作者も“初めて見る”ことができた

 このコミカライズ版の原作となる小説版執筆の際、いちばん手こずったのは艦橋や艦内の描写です。艦橋のいちばん高いところにはヒロインの皇女が座っていて、ヤマトやニューノーチラス号みたいな感じになっていて……と考えはするものの、じっさいに映像的に描き出そうとすると、はたと手が止まるのです。

 ヒロインの座っている椅子はどういう材質で、どういう色をしているのか。それは宇宙戦艦の艦長の椅子として理にかなっているのだろうか? 仮にも軍艦なのだからフワフワのクッションがついていないことくらいは分かる。かといって革張りなはずもない。きっと無機質なんだろう。しかし、“帝国”っぽくて、無機質な椅子とはいったい…。

 結局、ストーリーの進行に文字数を割かねばならなかったので、そこまで細かく描写する必要はありませんでした。しかし、コミカライズは漫画なだけに、あらゆるシーンに絵が求められます。そして、コミカライズしてくださった石口十さんは、すべてのシーンを見事に描ききっていらっしゃるのです。調度品ひとつ、小物ひとつとっても、原作者であるぼくが「おお!これはこういう形をしていたのか!」と“初めて見る”ことがしばしばです。

 原作が80点だったとしたら、コミカライズは石口さんの力で100点、いや120点にもなっていますコミカライズ、本当にスゴイです!


●AI規範と「うおおおお!」

 AI規範、いわゆるロボット三原則ですね。

 1. 第一条
 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
 2. 第二条
 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
 3. 第三条
 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
 ぼくは以前からSF作品の「宇宙戦闘」にちょっとした疑問がありました。どの作品も人間のパイロットや操縦士が「うおおおおお!」と吠えながら奮闘するわけですが、なぜそんなことをしているのかな……と。もちろん作品としてそれが最高に面白いことに異論はないのですが、なぜ完全無欠のコンピュータ様じゃなく、不完全な存在である人間が操作するのかと。
 そこをつきつめていくと、じつは、完全無欠のコンピュータは当然ロボット三原則が組み込まれているので、人を攻撃できない。だから、宇宙戦闘機の類には、不完全なAIを搭載せざるを得ず、その結果、人間が「うおおおお!」と操縦するハメになるのではないかと思ったわけです。
 そんな世界に、完璧なAIの力をふるえる存在が現れたら、もう無双するしかありません。でも、作品としての面白さを考えると、主人公をピンチに陥らせる必要があり、結局、「うおおおお!」してます(笑) 「うおおおお!」が好きなので、漫画版では戦闘シーンにわざわざ主人公のアバターを浮かべてもらいました(お手間かけてスミマセン)。

●『無双航路』を形作った先達たち

 宇宙でエアコンが切れると死ぬほど寒い! この元ネタは太田垣康男先生の『MOONLIGHT MILE』だったかと思います。ものすごく好きな漫画で、もう十回は読み返しています。
 ぼくは『無双航路』以外に3作書籍化されたものがあるのですが、それらは極力、オリジナル要素だけで構成しています。一方、この無双航路は作り方がまったく逆で、自分が面白いと思った既存作品の要素を盛り込めるだけ盛り込んで、煮詰める方針をとってみました。
 たとえば、作品タイトルはアン・レッキーの『叛逆航路』から来ています。これは宇宙戦艦のAIが人間の体を得て活躍する超面白いお話なのですが、読んだ時から「なんで宇宙戦艦のAIが主人公なのに、宇宙戦艦の身体じゃないんだろう……」と思っていました。というわけで、無双航路では、逆に人間を宇宙戦艦の身体に入れてみたわけです。
 宇宙艦隊が敵地奥深くでピンチになる、という設定はジャック・キャンベルの『彷徨える艦隊』です。このシリーズは、書評ブログの「洋上の艦隊決戦を宇宙で再現する」という言葉に引かれて手に取ったものです。とてつもなく面白い作品で読み返しまくっているのですが、中身は、ぼくが想像していた艦隊決戦とは少し違いました。ぼくが期待していたのは、「地球上の史実の艦隊決戦を宇宙空間で三次元化したもの」だったのですが、『彷徨える~』は、作者が考えた超高度な三次元空間バトルだったのです。というわけで、これもいつか自分で書くしかないな……と。(ただ、史実の艦隊決戦を三次元化するのは、なかなか難しく、書籍版第1巻では、練習がてら陸上歩兵戦の“カンネーの戦い”を三次元化し、第2巻でベトナム戦争時の戦闘機戦術である“ワゴンホイール”ときて、第3巻でようやく“トラファルガー海戦”をなぞることができました)。
アン・レッキー『叛逆航路』(創元SF文庫)
ジャック・キャンベル『彷徨える艦隊』(ハヤカワ文庫SF)


 ヒロインの「ソハイーラ」という名前は、中学生のころに読んだ、トム・クランシー作品に出てくるアラブの女の子の名前です。とても可憐でしたので、「いつか自分の漫画や小説で使おう!」と思って、ずっと機会を伺っていました。
 そんなわけで、『無双航路』はぼくのなかの、ラーメン全部のせなのです。自分の大好きな既存作品のあらゆる要素を好き放題に詰め込んだ夢の作品なのです。それがこうしてコミカライズまでしていただける。『無双航路』のオチではありませんが、いまだに現実とは思えません。




書籍情報 大好評発売中! (表紙画像をクリックするとAmazonの該当ページに飛びます)
レジェンドノベルス『無双航路 1~3 転生して宇宙戦艦のAIになりました』
   松屋大好 著/黒銀(DIGS)装画
シリウスKC『無双航路 転生して宇宙戦艦のAIになりました(1)』
   原作:松屋大好/漫画:石口十/キャラクター原案:黒銀(DIGS)
   コミックス第2巻は2020年9月発売予定!

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