〈8月20日〉 大崎梢

文字数 2,398文字

()(みち)()(みち)


 その(いえ)(にわ)にトイプードルをみつけたのは、ツツジの(はな)()きそろう五(がつ)(なか)ばのことだった。
「なんていう()(まえ)? かわいいね」
 亜美(あみ)(はな)しかけていると(いえ)(なか)から(おんな)()()てきた。あわてて()()そうとして、(おんな)()のかけている(いろ)()眼鏡(めがね)(しろ)(つえ)()づく。
「みーちゃん、どうしたの。(だれ)かいるの?」
「ごめんなさい。(いぬ)がかわいくて」
「ありがとう。(うれ)しい。(ちか)くの人?」
(ちか)くだけど、この(みち)(はじ)めてなの」
 いつもの(みち)(とお)れなかったから、という(こと)()はのみこむ。
「もしかして(しょう)(がく)(せい)くらい? わたし、五(ねん)(せい)よ」
「わたしも五(ねん)
 (しょう)(がっ)(こう)()かけたことはないのでちがう(がっ)(こう)(かよ)っているのだろう。(した)しみのこもった()(がお)()けられ亜美(あみ)もほほえんだが、(しろ)(つえ)()(あゆ)()(おんな)()()がすくむ。マスクをしてない。
 いっときも(はや)(はな)れたくなるが、なんと()えばいいだろう。だまって(きゅう)にいなくなったら()(しん)(おも)われる。(こま)っていると「どうしたの?」と、さらに(ちか)づいてきた。
「マスク」
 亜美(あみ)()(ぶん)(くち)(もと)(ゆび)()した。それでは(つう)じない。
「わたしはマスクをかけているの。でもあなたはしてないでしょ。だから、した(ほう)がいいと(おも)って」
 (おんな)()(おどろ)いたらしく、()にしていた(つえ)(はな)してしまう。(いぬ)()(さわ)ぐ。(いえ)(なか)から(だれ)()てきた。
「お(かあ)さん、マスク!」
「そうだったわね。うっかりしてた。お(とも)だちかしら。ごめんなさいね」
 お(かあ)さんにあやまられ、亜美(あみ)(くび)(よこ)()った。
「ちがうんです。わたしのお(かあ)さんが(びょう)(いん)(はたら)いてるから、うつしたら(わる)いと(おも)って」
 (いま)のところ()(ぞく)(だれ)にも(しょう)(じょう)()ていない。感染(かんせん)()(ぼう)には前々(まえまえ)から()をつけている。けれどウイルス()()(しゃ)のように、(きん)(じょ)(ひと)にも学校(がっこう)(とも)だちにも(おそ)れられている。ついさっきも()(もの)()こうとして、(すう)(にん)のクラスメイトをみつけ、あわてて(かく)れた。コンビニもドラッグストアも()かないでほしいと()われている。
 ()きそうになって(した)()く。(おんな)()のお(かあ)さんは(いぬ)(あたま)をなでながら()った。
「うちはずっと、(びょう)(いん)先生(せんせい)にも(かん)()()さんにも(やく)(ざい)()さんにもお()()になっているのよ。もしかしたらあなたのお(かあ)さんにも()っているのかも。とても(かん)(しゃ)している(ひと)がいると(つた)えてね」
 亜美(あみ)(なみだ)()のまま(かお)()げた。
「そんなふうに()ってくれる(ひと)、いなくて」
「ほんとうはいっぱいいるのよ。あなたのお(とも)だちも、いつかいろんなことに()づく。わたしだって(しょう)(がく)(せい)のころは、さっきみたいなことが()えなかったわ」

 それからその(みち)をよく(とお)るようになった。「みーちゃん」こと「ミカエル」という()のトイプードルともすっかり(なか)()しだ。()()(おや)である()(ぬし)とも。
 ツツジの(はな)()わってしまったけれど、(いま)はマリーゴールドやひまわりがたくさん()いている。


大崎梢(おおさき・こずえ)
(とう)(きょう)()()まれ。(もと)(しょ)(てん)(いん)(しょ)(てん)()こる(ちい)さな(なぞ)(えが)いた『配達(はいたつ)あかずきん』で、2006(ねん)にデビュー。近著(きんちょ)に『(ほん)バスめぐりん。』『横濱(よこはま)エトランゼ』『ドアを()けたら』『彼方(かなた)のゴールド』などがあり、最新作(さいしんさく)は『さよなら(ねが)いごと』。

近刊(きんかん)

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