『千と千尋の神隠し』/武田綾乃

文字数 1,533文字

8月27日(金)から、『劇場版 アーヤと魔女』がいよいよ全国ロードショーされますが、夏休みの夜といえば、そう、ジブリ映画ですよね!


「物語と出会えるサイト」treeでは、文芸業界で活躍する9名の作家に、イチオシ「ジブリ映画」についてアンケートを実施。素敵なエッセイとともにご回答いただきました!

9月4日まで毎日更新でお届けします。今回は武田綾乃さんです。

武田綾乃さんが好きな作品は……


『千と千尋の神隠し』

 2001年に『千と千尋の神隠し』が公開された夏、幼い私は叔父夫婦の家に預けられていた。翌年に引っ越しを控えていた私は、「もうすぐ転校生になるんだ……」とソワソワしながら九歳の夏休みを過ごしていた。


 叔父が映画館に連れて行ってくれたのは、夏休みの終わりに近い時期だった。席に着いてから映画が始まるまでの時間はいつだってドキドキする。幼い私はチュロスを食べながらスクリーンを凝視していた。そして映画が始まり、最初の車のシーンでドキッとした。車内でいじけている主人公の千尋が、現在進行形で引っ越しの最中だったからだ。千尋は十歳、当時の私は九歳。同じ転校生で、環境が変わることを恐れている。こんなの、感情移入しないはずがない。


 あの二時間の間、私は千尋だった。不思議な街に迷い込んだら両親が豚になってしまい、どうしようもなくなったところを少年・ハクに助けられる。両親を救うために「油屋」という湯屋で働き、様々なことを経験し、最後は自分の意思で決断をくだせるようになる。この映画は、意気地なしだった千尋の成長物語だ。


 終盤、湯婆婆は千尋に「ここにいる豚の中からどれが両親かを当てられたら自由にする」という取引を持ち掛ける。千尋は見事に正解を言い当て、人間界へと戻ることになる。


 映画を見た後、「千尋が親か豚かを見分けられた理由は何だと思う?」と叔父に聞かれたのを今でも鮮明に覚えている。私は素直に「知らない」と答えた。そんなの分かるわけないじゃん! と内心でムッとした私は、「答えは?」とちょっと意地悪するつもりで聞いた。叔父は笑って、「これから自分で見つけるんだよ」と言った。


 大人になって以降も、この映画を見る度に叔父とのやり取りを思い出す。あの瞬間、私と同世代だった千尋はどんな大人になっているんだろうか。自分の好きな作品を集めて脳内で勝手に同窓会を開くと、気が滅入っている時でもちょっと楽しい気分になる。

武田綾乃(たけだ・あやの)

1992年京都府生まれ。第8回日本ラブストーリー大賞最終候補作に選ばれた今日、きみと息をする。が2013年に出版されデビュー。響け! ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそがテレビアニメ化され話題に。同シリーズは映画化などもされ人気を博している。愛されなくても別にで第42回吉川英治文学新人賞を受賞。その他の著書に、「君と漕ぐ」シリーズ石黒くんに春は来ない』『その日、朱音は空を飛んだ』『どうぞ愛をお叫びくださいなどがある。

“青春”の表も裏もすべて抱えて、少女たちは大人になっていく。

吉川英治文学新人賞作家がおくる、青春小説の新スタンダード!


「白線と一歩」……一番の親友だけど、負けたくない。あの子には。
「赤点と二万」……ズルいと思われたくない。でも損もしたくない。
「側転と三夏」……私は空っぽなんかじゃない。もっと私を見て!
「作戦と四角」……私って、人からどんな風にみられてるんだろう?
「漠然と五体」……はみ出したくない。でも、たまに息がつまりそうになる。


少女と大人の狭間で揺れ動く5人の高校生たち。瑞々しくも切実な感情を切り取った連作短編集。

解説・井手上 漠

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