〈結果発表〉第68回江戸川乱歩賞 最終候補作と2次予選通過作品の講評

文字数 2,840文字

第68回江戸川乱歩賞は、2次予選を通過しました21編から、以下に記します5編が最終候補作として審査されることになりました。最終候補から惜しくももれた作品については、以下に講評を記します。

(予選委員は、1次は講談社文芸第二出版部が担当、2次は香山二三郎、川出正樹、末國善己、千街晶之、廣澤吉泰、三橋曉、村上貴史の7氏です)

なお、受賞作品と選考委員による講評はHP「tree」上と6月22日発売の「小説現代」7月号に掲載されます。

最終候補作品


「此の世の果ての殺人」                  荒木あかね

「神様の盤上」                      才川真澄

「二〇四五年」                      日野瑛太郎

「円卓会議に参加せよ」                   宮ヶ瀬水

「あなたの人生の謎解きゲーム」              八木十五

以下、2次予選を通過した作品についての講評です。

※投稿時に投稿者様ご本人に入力・送付いただいた筆名・タイトルどおりに表記しておりますので、ご了承ください。

三上幸四郎  「プロメテウス・ブルー」


主人公の命を狙っていた暴力団員が、スプーン曲げ少年だった頃の主人公のファンだったりするなど、わりと主人公にとって都合のいい展開なのが気になった。犯人は意外だし、人物造形や文章力は合格点だが、「実は親子だった」ネタは物語のスケールを狭める危険性がある。

菅生みゆう 「だれかのために」


ソーシャルワーカーの青年が、支援家庭の中学生から、自分が父親の事故死の犯人だと証明して欲しい、と依頼される発端は読者の興味を引く。この導入部や社会福祉関連のリアルな描写は読ませるのだが、肝心の事故死の真相に納得のいかない点があって強く推せなかった。

旦悠晶 「仇娘を教えて」


個別指導塾講師の主人公と女子生徒たちの何気ない交流が、妊娠中に殺された妻が残したメモから犯人を捜す復讐計画の一環であることが分かるなど、何気ない日常がミステリへとシフトする展開には引き込まれた。ただ来日中の王女の誘拐がからむ後半と超自然現象が出てくる結末は賛否が分かれたので、再考の必要がある。

目白リュウ 「環礁宮の殺人」


本格ミステリとしては一定の水準に達してはいるものの、未来が舞台なのに紫禁城を模したような古めかしい独立国家があるという設定に説得力を感じなかった。もっと世界観を細部まで詰めてほしい(いっそ、完全な中華風異世界ファンタジーにしたほうが良かったかも)。

藍崎 人図志 「夜明け前のGたち」


ゲイ専門誌の男性編集長が失踪した同性パートナーを捜す、という人捜しの物語。微妙な素材を上手に料理する筆力はあるので、今後は「ミステリ」新人賞への応募である点を意識して欲しい。謎の魅力を高めるとか、物語の展開を早めるなどです。

勝木友香 「逢魔ヶ森」


コミュニティFMの女性パーソナリティが、連続幼女失踪事件を調べるのだが、捜査権限を持たない主人公の苦労を丁寧に追ったところはリアリティがあった。その一方で、地方都市の有力者による調査妨害や、過去の事件と現代の事件が繋がるところなどは乱歩賞の応募作では定番なので新鮮味がなく、もう一工夫してもらいたい。

久我珠子  この窓の向こう」


要梗概。新潟に車で帰省した求職中の青年が帰途、会津の山中で記憶喪失の男を拾い、栃木まで送り届ける。一週間後、青年は男と再会するが……。先の読めない展開で読ませる記憶喪失サスペンス。ミニチュア写真の仕掛けに疑問が投げかけられたものの、今後に期待。

袴田敦史 「さまよえるプネウマたち」


転生(生まれ変わり)のテーマに、ミステリとして向き合う姿勢を高く買います。連続殺人に巻き込まれた主人公が、事件を通じてある境地に至るまでを、一気に読ませてもらいました。ただ、意外性を優先したのか、テーマを蔑ろにしたような真相部分は工夫が必要でしょう。

小谷茂吉 「仮象に踊る」


ディープフェイクという現在注目を集めている技術を題材にしているが、そこに過度に依存するのではなく、きちんと刑事のドラマに仕立てている点に好感が持てる。小説として読ませる力があった。一方で、犯人側の行動には、犯行計画をはじめとして改善の必要あり。今回の主な敗因はそこにあった。

寺西一浩 「嘘と地図」


頻発する失踪事件の捜査のなかで、刑事である主人公が、そのプライベートな悩みを含め、きちんと当事者として書けていた。真相が、主人公を甘やかさない点もよい。ただし、主人公以外の造形が弱く、事件の特異な構造の説得力に物足りなさがあった。

蒼木ゆう 「マヨイガの娘」


双子の死体交換を始めトリックに創意がみられるものの穴が多く、探偵役の特殊能力に寄りかかった推理も強引。人物・舞台・背景をもっと入念に書き込むと、特殊な文化風習を持つ隔絶された環境下での異常な動機の殺人に説得力を持たせることができる。

凪詠之介 「憂国少女事件」


文章力や人物造形の腕は、今回の応募作中屈指でしょう。終盤に二転三転しながら違和感を払拭していくミステリとしての締めくくりも鮮やかで、読み応えがありました。ただ、平成の一時代を俯瞰する目論見ゆえに不可避とはいえ、扱われる史実が現時点ではまだ生々し過ぎるとの声もありました。ぜひ捲土重来を期してください。

筆名なし 「海へ下る道」


両親が失踪した日に、引きこもりの息子が家の中で見知らぬ男の死体を発見する発端は面白いが、以後の展開が行き当たりばったりな割には都合よく進みすぎる。人間関係が狭すぎて不自然。唐突に真犯人が名乗り出て真相を自白する結末は、ミステリとして興ざめ。

上田春雨 「JUSO―6byte」


意味がわかりづらいタイトルの印象でのっけから損をしているが、そのタイトルが示すもの自体は考え抜かれている。陰惨かつ荒っぽい展開で、登場人物の多くが死んでしまう結末なのに、後味がそれほど悪くないのは不思議で、これがこの書き手の持ち味なのかなと感じた。

矢巻稜 「AIと9の罪」


 新たな交通管制システムにより事故が激減した2049年の日本。特別交通機動隊の鈴宮乙子隊長は神出鬼没の暴走車、ゴーストカーの捜査に挑んでいた。主役の造形や掛け合いを評価する声もあったが、謎解きの妙よりもSF趣向が目立ちすぎていて賛同を得られず。

石崎恒人 「オレンジ色の未完」


同じ漫画制作の専門学校に通い共同執筆をすることになった恋人同士が主人公。才能のある女とない男という対比がありきたりで、登場人物の行動原理が分かりにくく、作中で語る創作論がやや上滑りしていたが、青春ミステリとしてはまとまっていた。ただ漫画創作のパートと比べるとミステリの部分が淡泊で、もう少し謎と解明の面白さを磨き、ミステリと青春小説とを高いレベルで融合して欲しかった。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色