[review]タニグチリウイチが語る!『無双航路』の多面的魅力

文字数 2,908文字

AIと美少女が組んで戦うスぺオペにしてシンギュラリティの可能性を問い世界の実在を疑う本格SF――それが『無双航路』!

 防御フィールドを砂時計のような形に展開して、飛んでくる敵の質量弾を片側から引き込み、自分が撃った質量弾をもう片方から放り込んで砂が落ちる部分で激突させる。松屋大好が2018年10月のレジェンドノベルス創刊とともに出した、『無双航路 1 転生して宇宙戦艦のAIになりました』の冒頭に登場した、宇宙での艦隊戦を描いた部分を読んで、作品に独自のビジョンを持ち込もうとしている書き手だと感じた。

 8月1日にシリウスKCから石口十によるコミカライズ版『無双航路 転生して宇宙戦艦のAIになりました(1)』が出て、ビジュアル化された砂時計型の防護フィールドが活躍するように、改めてアイデアのユニークさを見せつけられた。もっとも、『無双航路』のシリーズにおける多彩なSF的アイデアの、これはほんの序の口だ。読み進めるうちに現実が揺らぎ、想像を絶する可能性を突き付けられ、意識を覆っている常識の被膜が一枚、また一枚と剥けていく感覚を得られるだろう。

 電撃文庫から2015年8月に出したSFミステリ『宇宙人の村へようこそ  四ノ村農業高校探偵部は見た!』で、宇宙人たちが暮らす田舎の村で起こる不思議な事件を描いた松屋大好。小説投稿サイトで連載していた作品を書籍化した『無双航路 1 転生して宇宙戦艦のAIになりました』では、舞台を宇宙へと移し壮絶な艦隊戦から物語をスタートさせた。

 東京の三鷹を自転車で走っていたはずの高校生、阿佐ヶ谷真が目覚めると、そこは帝国と連合とが戦艦を繰り出し激突している宇宙会戦の真っただ中。帝国の巡洋艦カプリコンに搭載されたAI(人工知能)として起動されられたようで、話しかけてきた臨時艦長を務める少女、ソハイーラ・ユリウス・メイローザに、「ぼくは艦じゃありません。人間です」と告げ、「ただの高校生です」と訴える。
 ソハイーラも艦橋の軍人たちも信じようとしない。AIがウイルスに感染して狂ったのだと考えた。だが、絶対遵守の規範に逆らい命令を聞き入れないアサガヤシンが、AIには不可能な操艦を行い、砂時計型の防御フィールドを作り出してカプリコンを救ったことから、ソハイーラはアサガヤシンに艦を託し、連合の攻撃と帝国の内乱めいた謀略によって追い詰められた状況から、自分たちを生き延びさせようとする。

 帝国の皇女だったソハイーラと、人間に転生したAIの身分も状態も超えたラブロマンスが、壮絶な艦隊戦や権謀術数の渦巻く宮廷ドラマなどとともに描かれていくスペースオペラ。ファンタジー調の世界への転移・転生が多い中に投げ込まれたAIへの転生という変化球。そんな設定の物語だといった予測が浮かぶ。ところが、読み進めていくとこれが一面で確かなものになりつつ、意外な方向へと広がっていき、これはとんでもないSF作品なのではないかと思えてくる。

 アサガヤシンがAIでありながら人間だと主張し、艦隊を取り仕切る意味。それは、生き延びたいと願う人間ならではの願望が、命令を遵守し計算によって割り切るAIにはない柔軟さで、帝国の艦隊を絶体絶命の状況から幾度となく救った展開に結実する。シンギュラリティと呼ばれる現象、AIが人間を超えて自分の意志を持つようになり、文明を担う将来のビジョンがひとつ、示される。
 包囲網をくぐりぬけ、待ち受ける敵を突破する可能性を探りながら戦う展開はといえば、田中芳樹の『銀河英雄伝説』を始め、多々ある戦記物のようなスリリングな興奮をもたらしてくれる。意外な手を繰り出し勝利していくアサガヤシンは、さしずめ自由惑星同盟の知将、ヤン・ウェンリーといったところか。帝国側だからパウル・フォン・オーベルシュタイン? いやいやアサガヤシンは奴よりよほど血が通っている。AIなのに。

 もっとも、転生から出会って仲良く冒険の旅とならないところが、『無双航路』シリーズの面白さだ。アサガヤシンはAIになる前、地球にある日本の三鷹で高校生としての日常を送っていたと主張する。だとすれば、ソハイーラたちが戦う時空は人間としての阿佐ヶ谷真が生きた時代より未来なのか。ローマ帝国や日本の歴史や文化が伝わっているような感じがするのも、それが理由なのかといった考察に、驚くべき答えがもたらされる。

 それは、アサガヤシンの足元を揺るがし、小説を読んでいる人たちの世界に対する認識も大きく揺さぶる。この世界は現実なのか虚構なのかといった、フィリップ・K・ディックが描くSF小説にあるような世界への懐疑を突きつけられ、ハッと目を覚まされる。重層的な種明かしの連打を浴びつつ、気を取り直してソハイーラとともに宇宙を生き延びよう決意し、進んだ第2巻でアサガヤシンは悲劇に直面。そして第3巻で自分が生きた三鷹よりも、AIとして存在する宇宙よりも高い次元に存在する神域のようなものを突き付けられる。

 光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』でも示唆されるような、宇宙の重層構造にまで及ぶ広がりに、スペースオペラであり人工知能SFであり宇宙の根源に迫る哲学小説でもありといった感想が浮かぶ。アサガヤシンがコピーをいくつも作って宇宙にばらまき、目的のために活動させるくだりは、近未来スパイ小説に応用できそうなアイデアだ。その先がまだあるとしたら、今度は平穏さを取り戻し、ある意味で馴れ合いの平和にどっぷりと浸った宇宙を、復讐の情念が揺さぶるような展開が想像される。それが描かれることはあるのかが、今は気になって仕方がない。

 そこに至らずとも今は、コミカライズが進行中でAIのアサガヤシンと美少女のソハイーラという異色のバディが、宇宙を生き延びようとしてあがく物語が描かれていく。居並ぶ宇宙戦艦が砲火を交えるスペクタクル、ソハイーラが帝国の権力闘争をかいくぐり、敵の連合や第三勢力の皇国などとの戦いを突破していくドラマチックな物語を、ビジュアルで楽しんでいけるのだ。

 それを読んで気になったら、気に入ったのなら既に出ている小説に手をのばし、驚きとともに松屋大好というSFの書き手の存在を、しっかりと心に刻み込もう。
タニグチリウイチ

書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』『リアルサウンドブック』で書評を執筆。『おすすめ文庫王国』ではラノベ文庫ベスト10を紹介。越谷オサム『いとみち』3部作の文庫解説、『漫画家本』シリーズでの細野不二彦、一ノ関圭、高橋留美子などの作品評担当。IGN JAPANではアニメ評など執筆。

書籍情報 大好評発売中! (表紙画像をクリックするとAmazonの該当ページに飛びます)
レジェンドノベルス『無双航路 1~3 転生して宇宙戦艦のAIになりました』
   松屋大好 著/黒銀(DIGS)装画
シリウスKC『無双航路 転生して宇宙戦艦のAIになりました(1)~(2)』
   原作:松屋大好/漫画:石口十/キャラクター原案:黒銀(DIGS)
   コミックス第2巻は2020年9月発売予定!

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