第4話 本屋B&B

文字数 1,764文字

書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。

しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。


そんなあなたのために、「出張書店」を開店します!

魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの三冊をご紹介。


読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まない…というあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。

第4回は、東京・下北沢の「本屋B&B」さまにご紹介いただきます。

『整体対話読本 ある』

川﨑智子 鶴崎いづみ

(土曜社)

 整体・対話・読本・ある。整体というと、バキバキっと身体に施しを受けるイメージがある。しかしこの本は本である(当たり前)。そして、パラパラとめくってみても、整体から想像されるストレッチ法、ツボについての説明、図解などはまったく見当たらない。まさしく、この本は対話を読むことによる整体の本なのだ。

 聞き手の鶴崎さんが、施術者の川﨑先生のもとに通った約3年間対話の記録。川﨑先生は野口整体という伝統的な整体流派に基づいた独自の整体を行なっている整体師であり、ふたりの対話はまず「整体である」という言葉の意味する所からスタートする。「自分で職業は決められない」「人間はゴキブリ並みに強い」「寂しさは西からやってくる」など、一風変わったトピックが並ぶ。その中で「観察」「運動」「虚」などのキーワードを元に、自分の身体とどのように向き合っていくかを話す。

 自分の心、思想を変えることはなかなか難しい。しかし身体から出発し、そこから自分をじっくりと労っていくことはそれだけで癒しとなり、それを続けると自ずと生活まで楽しく、元気になっていく。

 わたしはこの本をきっかけに川﨑先生の整体に通いはじめ、この本の内容とまた違った「ある」対話を行いながら、自分の身体の観察を続けている。

『ヒナギクのお茶の場合/海に落とした名前』

多和田葉子

(講談社)

 「ひなぎく」と聞くとヴェラ・ヒティロヴァ監督の映画を思い出す。本書の表題作、多和田葉子さんの「ヒナギクのお茶の場合」は、「彼女のために昼も夜も使いさしのティーバッグを集めているんですよ。そういう関係です。」と言う戯曲家のわたしと、髪を緑にしたパンクな舞台美術家のハンナの日常の交流を描いている。「ばかなこと言わないでね」という口癖や1日のうちに飲むものが決まった時間割など、わたしはハンナのいろいろを知っている。しかしわたしは彼女が何を考えているのか分からない。

 その他、本書に収録されている「時差」、「海に落とした名前」など、自分と他のものの間に生じる「ズレ」を表す物語が際立つ。著者はあとがきで言う。

 今ここにいる自分と自分がそもそもずれているという感覚が強まっていった。複数の自分の誕生である。

 この「ズレ」を味わうということが読書する醍醐味のひとつであるような気がする。また、本作も多和田葉子さん節炸裂の言語遊戯が面白く、幸せのため息が出る。

 本書と読者。その間で生じるズレの空間の中で、次々と言語が浮かびあがり、そして見事な舞踏を見せてくれる。

『水界園丁』

生駒大祐

(港の人)

 めくるめく水界への入り口。俳人生駒大祐さんによる第一句集。水界、園丁。園丁とは庭師のことを言う。水界の庭師。この本には庭師によって見つめられ、発見され、整えられた風景が並ぶ。少し本書に収録されている句を紹介したいと思う。

 

   枯蓮を手に誰か来る水世界

   ひぐまの子梢を愛す愛しあふ

   六月に生まれて鈴をよく拾ふ

   空すでに夕立の態度文を書く

   ゐて見えぬにはとり鳴けば唐辛子 

 

 小説やエッセイを読むより、句集を読むのは難しいと思うかもしれないが、皆美しい言葉、面白い言葉は好きなはず。造本にも工夫がほどこされ、ページをめくる指先、黙読の声、字を追う目線、その一瞬一瞬を重ねるごとにこの世界に侵入していってしまう。そしてその世界にただ身を任せてみてほしい。 先日、第11回田中裕明賞を受賞した再注目の句集。ぜひ、静やかなこれからの時期に読んでいただきたい一冊だ。

本屋B&B(東京・下北沢)


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