われらが「短編」を愛する理由 佐藤究×真藤順丈×王谷晶

文字数 10,892文字

リクエスト・アンソロジー

刊行記念鼎談

構成・吉田大助 撮影・都築雅人

直木賞受賞作『宝島』で知られる真藤順丈が、

「絶滅」を共通テーマに掲げるアンソロジーの編者となり、

敬愛してやまない作家たちに

自ら執筆依頼した驚異の一冊が完成した。


タイトルは、『真藤順丈リクエスト! 絶滅のアンソロジー』

できたてほやほやの本の前に集まったのは、

編者と同世代の作家であり、

アンソロジーに参加した佐藤究と王谷晶。

三人が「短編」という小説形式の魅力を語り合った。


真藤 今日はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。お二人は僕が編者を務めたアンソロジー(『真藤順丈リクエスト! 絶滅のアンソロジー』)に寄稿いただき、本が出た機会にぜひ話してみたいと思って、編集部にこの場をセッティングしてもらいました。今回僕から執筆を依頼した九人の小説家は、僕自身が日頃から偏愛している国内の作家ばかりです。その中でも、お二人とはほぼ同世代ですが、なんと言うかもう、抜きん出て才気走っている。とりわけ短編が卓越しています。僕は普段から短編を読むのは好きなものの、書くのは苦手意識があります。お二人は短編としての一つの理想形、を書かれる人だと以前から思っていたので……今日はご教示を受けたくもあります。最初にお伺いしたいのは、アンソロジー、どうして引き受けてくれたんですか?(笑)


佐藤 真藤君に騙されたからですね。


真藤 騙してはいませんよ! 佐藤さんはじかに口説きはしたけど。


佐藤 王谷さんに聞いてもらいたいんですけど、たまたま真藤君と一緒に電車に乗って帰ったことがあったんですね。真藤君のほうが先に降りたんだけど、降りる寸前に「アンソロジーで書いてよ。よろしく!」って。断ろうにも、そこでドアが閉じちゃって、すぐに電車が動き出して。


真藤 そんなに軽くはなかったでしょう(笑)。もともとチラチラ話題に出していて、もうひと押ししておこうと思って、おなじ路線に乗って帰った記憶はあります。


佐藤 じゃあ、狙い通りだったと(笑)。当時は『テスカトリポカ』(※第三四回山本周五郎賞&第一六五回直木三十五賞をW受賞したメキシコ・ミーツ・川崎のクライムノベル)の第一稿すらまだ上がってなくて、新しい仕事は全部断ってたのに、あの一瞬で、引き受けたことになっちゃいました。


王谷 私は、終わってない仕事があっても引き受けてしまうタイプです(笑)。仕事がない時期が長かったので、キープしておかないと不安なんですよね。


真藤 めちゃくちゃ分かります。王谷さんには、僕から手紙を書きました。原則としてお願いしたい方々に手紙を書いて、執筆を依頼するというルールがありました。


王谷 ものすごい熱量のお手紙を、メールでいただきました。


真藤 王谷さんの『完璧じゃない、あたしたち』(※二〇一八年刊、「女性二人」の物語ばかりを描いたシスターフッド短編集)がとにかく好きだと、暑っくるしい手紙を書きました。


王谷 一編一編に対して、すごく丁寧な感想をいただいて。まさか私の本を読んでいただいているとは思っていなかったので、感激しました。


佐藤 僕はなんにも言ってもらってませんよ……。


真藤 ところでお二人は、絶滅ってテーマはどうでした? テーマを決めた時は、『宝島』(※沖縄の戦後史を題材にした第九回山田風太郎賞&第一六〇回直木三十五賞受賞作)の刊行後だったので、編集サイドからは「民族」とか「島」とかってテーマを提案されたんだけど……。


佐藤 「民族」と「島」って、真藤君の得意技じゃん!


真藤 だから、それよりは「絶滅」の方がいかようにも解釈できて、集まってくる作品が多種多様になるのではと思ったんです。どうですか、書きやすかったですか?


佐藤 絶滅って、ビッグクエスチョンですよね。ビッグクエスチョンにはビッグアンサーっていうのが、基本じゃないですか。それを短編でオファーしてくるって……。


真藤 ビッグクエスチョンって?


佐藤 テーマがでか過ぎるんですよ。同じ「滅」でも、例えば消滅だったらまだいいんだけど、絶滅って言葉のニュアンスだと、一回繁栄したものが消えるっていうスケール感を出さなきゃいけない。テーマがでっかいのをちっちゃくやるって、基本的にきつい仕事ですよね。映画で言ったら、短編なのに、すっげえセット作んなきゃいけないっていう。それは割に合わないよ(笑)。


真藤 そうか、無茶ぶりのネタだったのか。




トップバッターが有利か?規定枚数は守るべきか?


真藤 お互いの作品のことを話しませんか? 佐藤さんの短編(「超新星爆発主義者」)、王谷さんはどう読まれましたか。


王谷 横っ面をパンパーンと叩かれた感じがしましたね。コロナがきっかけで、アメリカでアジア系の人たちへの人種差別が強まったじゃないですか。そういったタイムリーなネタを盛り込みつつ、テロリズムとインターネットのアンダーグラウンドのところとを突っ込んで、最後はハリウッド式に大爆発で終わらせて……「それをこの長さでできるのか!」と。


真藤 あのスケールを、あの長さに圧縮しきるのはすごい。


王谷 Netflixの『ブラック・ミラー』(※二〇一一年から放送されている英国の短編SFテレビドラマシリーズ)の原作になりそうだなと思いました。


佐藤 王谷さんの短編(「○○しないと出られない部屋」)も、『ブラック・ミラー』っぽいですよね。


真藤 ウイルスによる感染症で地球の人口が半分になった近未来が舞台。とある実験のために設営されたドーム状の部屋で、主人公がネットではずっと話していた相手と初めて会って、二人きりで六〇日間過ごすことになる、という。


王谷 佐藤さんの短編と違って、私のは低予算で撮れます(笑)。


佐藤 短編の良し悪しって人によっていろいろあるでしょうけど、ワンカットワンシーンで、ストーリーの最初と最後に落差を出せるっていうのが、よくできている短編かなと。その意味では、王谷さんの短編はすごくよくできている。


真藤 ひと幕ものの舞台劇のようでした。アンソロジーの中で一番SFでしたね。


王谷 絶滅という言葉を聞いて浮かんだのが、TSUTAYAの有象無象のSFコーナーだったんです。『アルマゲドン2020』の隣りに『アルマゲドン2021』みたいな、同じようなタイトルがいっぱい並んでいる棚ですね。ああいうジャンル映画的な感じで、一幕ものがやれるかなと思ったんです。


佐藤 共通点で言うと、僕も王谷さんも、書いた時期がコロナのパンデミックの始まりに思いっきりかぶったんですよね。本にする前にまず小説誌に載せることは決まっていたから、二〇二〇年に出す短編に全くパンデミックが入ってないと、ちょっとお花畑感が出るかなぁという判断はありました。


王谷 私もそんな感じですね。今書くんだったら、パンデミック系のネタだな、と。ただ、感染症系は絶対誰かとネタがかぶるだろうなと思ったので、私の場合はそれプラスBLっぽいのをというイメージでした。


佐藤 ちょっと問題があるなと思うのは、アンソロジーの一発目として雑誌に掲載された真藤くんの短編が、思いっきり「絶滅危惧種」の話なんですよ。絶滅と聞いて一番イメージしやすい題材を、編者が自分で書いちゃってる。それをやったら後の人間は、それが書けなくなるわけで……。


真藤 えっ!? だから俺以外に誰も、動物系やらなかったのか。


佐藤 そりゃあ避けるでしょ! やっぱり、早い人のほうが有利。後ろになるにつれて、だんだんきつくなってくる。


王谷 「このネタは他の人がやった」という縛りが増えていきますよね。


真藤 ああ、お二人は中盤ぐらいに登場してますからね。最後に書いていただいたのは、恒川光太郎さん(「灰色の空に消える龍」)。


佐藤 真藤くんがアンカーをやれば良かったんですよ、自分で決めたテーマなんだから。


真藤 吊るし上げるなあ、ヘコむわ。


佐藤 王谷さんにフォローしてもらいましょう(笑)。


王谷 真藤さんの短編(「(ex):絶滅教育」)は、「小説ど真ん中の小説」だなと思いましたね。読みながら映像的なものを受け取るというよりは、「小説を読んでいる」って感覚が持続するんです。私はラノベ出身なので、どうしてもキャラクター表現をよくチェックしてしまうんですが、「萌える女子」がたくさん出てくるんですよ。女子があざといようでいてリアルな、ちょうどいいラインで、いい感じに萌えるんです。


真藤 王谷さんにそう言ってもらえるのは光栄です。確かにガール・ミーツ・ガールを書いたものでもあるので。


王谷 この枚数で女子キャラが三人出てきて、ルックスについてはほとんど何も書いてないのに、書き分けられているというか、それぞれのキャラクターがちゃんと立っている。そこにグッときました。


佐藤 うん。まあ、面白かったですけどね。


真藤 む、含みのある言い方(笑)。


佐藤 目次をチェックすれば一目瞭然なんだけど、一人だいたい三〇ページなんですよ。そもそも編集者からの指定枚数は原稿用紙四〇枚で、僕も王谷さんもほぼほぼきっちり守ってる。真藤君、超えてない?


王谷 きっちり一〇ページ多いですよね(笑)。


佐藤 言い出しっぺがルールを守らないっていうのは、どうなのかなぁと。どう思ってるのかなあと!



「あと一口食べたい」が一番盛り上がるし思い出になる


真藤 まさにそこが今日、短編巧者の二人にお聞きしたかったことです。両人ともあれだけ跳躍力のある物語を、予定調和にはまらずに、四〇枚にきっちり収めてくるのが本当にすごい。僕もね、鉱物を宝石に切り出して、磨き上げて出す、ということが短編ではしたいし、最初はそのつもりで始めるんだけど、いつのまにか鉱山そのものを書いてる(苦笑)。僕が感じるお二人の作品の共通点は「長大な物語のワンシーン」を読ませてもらっている感じがするところです。オープンエンディングというか、もっとこの世界の話を読みたいと思わせる。そこが巧いな、と。


佐藤 絶滅ってテーマはビッグクエスチョンだから、オープンエンディングじゃないと難しいんですよね。原稿用紙四〇枚で納得感のあるビッグアンサーにまで辿り着くのは、不可能に近い。なおかつ、今の真藤さんの話を聞いて思ったんだけど、王谷さんの場合は分からないですけど、僕の場合はもし続きがあるように見えるんだったら、それはカットの仕方が甘かったってことで。例えばレイモンド・カーヴァーとか三島由紀夫の短編は、終わり方がめちゃくちゃ上手なんですよ。物語をスパッと切って終わらせて、そこから先は、読み手が自分の人生に入っていけるって感じがするんです。


真藤 アンソロジーにも参加してくださった平山(夢明)さんは、「マグロのトロ」と言ってますね。短編でマグロ全体を書こうとするな、トロの部分だけを切り取れ、と……。佐藤さんの『テスカトリポカ』は一章一章ごとに抜群に完成度の高い短編をつらねていくような構成でできている。王谷さんも、ストーリーの旨味の抽出がずばぬけて巧い。


王谷 普段の日常でも「あと一口食べたい」とか「本当はあと五分しゃべっていたい」ってところで切り上げるのが、一番盛り上がるというか、いい思い出になるじゃないですか。短編を書く時も、そこで切っている意識はありますね。確かに「続きが読みたい」とおっしゃっていただくことはたまにあるんですけれども、そこから先を長く書いたら、絶対読まれないぜって自信はあります、逆に(笑)。いやいやお客さん、ここで終わるからいいんですぜっていう。


佐藤 短編は、入りも大事ですよね。音楽でも、例えば初期ビートルズの曲って三分ないんですよ。「三分ポップ」を作るためには、イントロをできるだけカットして、すぐメロディに入らなきゃいけない。あるいはメタルの曲みたいに、一音目からいきなりピークに近いところまで持っていかないと。


王谷 居合い切りみたいな感覚はありますね。とにかく初手で踏み込んで斬らないと負けちゃう、みたいな。


佐藤 『ババヤガの夜』(※第七四回日本推理作家協会賞・長編および連作短編集部門候補となったバイオレンスアクション小説)は楽しかったですよ。あれも、そんなに長くはなかったのかな。


王谷 そうですね。原稿用紙きっかり二〇〇枚ぐらいです。


真藤 あの小説は「長い短編」のような感じですよね。構造もシンプルに凝縮されて、書きたいことにフォーカスが寄っていて。王谷さんはプロットを組む段階から、そこまで物語を広げないようにしよう、一幕ものにしようってスタンスで臨むんですか。


王谷 アイデアの断片をブワーッと書いたネタ帳があるんです。依頼された枚数とかテーマに一番合うネタを探して、調整していくって感じですね。最近やりがちなのはまずオチかクライマックスのシーンが浮かんで、そのオチをどう光らせるか、みたいな感じで話を組み立てていくっていう。


真藤 前に佐藤さんから聞いて面白かったのは、長編を書く時はまず「ゲシュタルトブック」を作る、と。その作品を書くためのアイディアのコラージュというか、断片を切り貼りした資料集みたいなものを。あれは、短編では作らない?


佐藤 短編でも作るようになったんです。短編は、依頼を受けた時点でまず「赤字にしよう」と思って始めるんですよね。資料代であるとか事前の準備を含めた時間や労力のコストが、原稿料よりも上回っていかなきゃダメだ、と。短い文章に書き手の本質が出てくるので。


真藤 佐藤さんの執筆スタイルは強面ですよね、ファイター型というか。『テスカトリポカ』は書き下ろしだけど、三年かかったと聞きました。デビューしてから一回も連載ってやってないでしょ?


佐藤 やらないですね。ただただ、やりたくない(笑)。うまくできるわけないじゃないですか、あんな大変なこと。死んでしまいますよ。


真藤 確かに連載で、今ちょっときついなとか何も書けないなって思っている時に、絶対書かなきゃいけないのはキツイっすね。こんな気持ちで小説書きたくねえな、とか思っちゃう。


王谷 (大きく頷いて)あっ、頷いちゃった(笑)。でも、仕事を断れないんですよね。


真藤 普通、断れないですよ。佐藤さんはホントすごくて、ほぼほぼ断ってる。特に『テスカトリポカ』のあとなんて依頼がないわけないのに、あなた、「小説すばる」で掌編を一本書いただけじゃん。『テスカトリポカ』を出す前は、短編をいろんな文芸誌で書いていた時期があったはずだけど……。


佐藤 『QJKJQ』で江戸川乱歩賞をもらった時に、選考委員の今野敏さんから、「来た仕事は全部受けなさい」って言われて、一年だけ守ったんですよ。その一年で受けた仕事を全部やって、あとはもう反旗を翻してしまいました(笑)。断るのがどんどんうまくなってきて、依頼自体もだんだん来なくなってきている。このままフェードアウトして、Tシャツ屋の親父にでもなりますよ。


真藤 いや書こうよ! 佐藤究の小説もっと読ませてくれよ。



もの作りにおいては憧れが一番危険ですよ……


真藤 お二人は、短編のほうが得意だっていう意識はあるんですか?


佐藤 ありますね。


王谷 私もあります。


佐藤 王谷さんは、エッセイとかコラムの連載をされているじゃないですか。あれができる人は、処理能力が高いですよ。取り上げた出来事について毎回自分なりの視点を入れて、オチを付けてってことを繰り返せるわけですから。


王谷 短編が、書いていて一番楽しいんです。読んだ人を何かしら驚かせたいスケベ心が基本的にあるので、短いもののほうが、切れ味が出せる。短ければ短いほどいいんですよ。逆に、長いと書けないんです。

佐藤 真藤さんは本質的に、長編作家なわけじゃないですか。でも、『宝島』の続きがもう出るもう出るって言い続けてて続きをみんな待っていたら、春に短編集を出しちゃった(『われらの世紀 真藤順丈作品集』)。


真藤 短編愛が強いんです(笑)。


佐藤 もの作りにおいては、憧れが一番危険ですよ……。


真藤 短編は必ず「今回もここまでしか書ききれなかったか」ってところで終わるから、引きずりますね。いつもそんな感じです。


佐藤 そんなに無理してやらなくていいと思うんですよ、短いのは。そもそも仕事を引き受けすぎでしょう? 編集者に「真藤君は最近どうしてますか?」って聞くと、ピンチな状況の話しか入ってこない。自分の仕事がうまく回らないぐらい忙しいのに、どうして人に小説を頼む仕事をしているんだ、っていう(笑)。みんなね、苦労してるのよ、あなたの周りにいる人たちは。


王谷 そうなんですか! 良かった、安心しました(笑)。


真藤 良くない良くない! 王谷さんこそ超多忙なんだから。


王谷 私、作家論みたいな偉そうなことを言ったら、ゴルゴを雇う編集が二人ぐらいいると思うんです。


佐藤 でもね、作家論はまだ許される。真藤さんはね、「今、子どもとカブトムシを採りにきております」とメールを送ってくるわけですよ。こっちは一生懸命、このアンソロジーのゲラ直しをひーひー言いながらやってるんですよ。もし王谷さんだったら、イラッときますよね?


王谷 私は大丈夫かもしれない(笑)。自分がもし真藤さんの原稿を待っている編集者だったら、わかりませんね。


真藤 いや、俺、編集者とのZoomの打ち合わせで、自慢するためにモニターに映したりしてた、カブトとミヤマクワガタ。あれはみんなイラッとしてたのか。


佐藤 別にカブトを採りに行ってもいいんですよ? 全部の原稿が間に合ってるんだったら。終わってないのに、レジャー行ってるじゃねえかっていう。


王谷 そういうのは私、鍵の付いた編集者が見られないインスタに上げているので、大丈夫です(笑)。


真藤 でも、ほら、獏さん(夢枕獏)とか、釣りしながら書いたりするじゃない? ああいう境地に達したいの。


佐藤 あとは……。


真藤 また難癖ですか。難癖多くね? 今日。


佐藤 だって今日は真藤順丈の〝出席〟裁判でしょ。


一同 (笑)


佐藤 いや、欠席裁判よりいいじゃないですか。



三人の作家性が垣間見える「パッと浮かんだ」好きな短編


佐藤 雑談はこのあたりでやめて、ベストな短編を挙げていきませんか。ここでいきなりオールタイムベストを選ぶのは難しいので、今なんとなくパッと思い付くものを。王谷さん、どうです?


王谷 今パッと浮かんだのは、(スティーブン・)キングの息子のジョー・ヒルの、「マント」という短編ですね(小学館文庫『20世紀の幽霊たち』収録)。少年時代に空飛ぶマントを手に入れた兄弟がうだつの上がらない大人になって、さあどうなりましたかってイヤな話なんですけど、オチに向かう直前の流れが本当に鮮やかで。オールタイムベストとかでは全然ないんですけど、時々その情景がすごく浮かぶんです。


真藤 ジョー・ヒルは、親父さんにも増して情感豊かなシーンを書きますね。『20世紀の幽霊たち』だと「ポップ・アート」っていう、風船人間と友達の男の子の話なんか、情緒たっぷり。


王谷 あれは美しい、切ない話ですよね。ただ、基本、イヤな話が好きですね(笑)。あとは、平山夢明先生の「テロルの創世」も好きです。


真藤 短編集『ミサイルマン』(光文社文庫)の一発目に入っているやつですね。


王谷 クローン技術が進化した近未来のお話で、すごく短いんですけども、短編でやるSFのお手本みたいだなと思っています。説明描写をとことんそぎ取っているのに、どういう背景なのかが分かる。読者を信頼して書いているなあと思うし、これが自分でもやれたら最高だよなと思っています。『完璧じゃない、あたしたち』に入っている「姉妹たちの庭」という短編は、「テロルの創世」みたいなカッコいいSFをやりたいなと思って、頑張りました。できました、じゃなくて、頑張りました、ぐらいの感じなんですけど(笑)。


真藤 平山さんも、べらぼうに短編巧者です。今回の短編(「桜を見るかい?―Do you see the cherry blossoms?」)もぶっ飛ばしてました。


王谷 書き出しから「こう来たか!」って感じでした。〈まず桁外れに狂った主婦アキヱ夫人が登場します―この物語はこのようにして始まるのです〉。


佐藤 タイトルが「桜を見るかい?」で、一人目の登場人物が「アキヱ夫人」って、さすがですよね(笑)。


王谷 この間、某編集から「会社に街宣車が来ることになるのだけはやめてください」と言われて、「じゃあ街宣車が来ない程度にします」って、原稿を調整したんですよ。これ、大丈夫だったんだと思って(笑)。


真藤 佐藤さんのベストの短編は?


佐藤 僕は……レイモンド・カーヴァーの「ダンスしないか?」ですかね(中公文庫『Carver’s dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選』他収録)。


真藤 カーヴァーは、短編しか書かなかった短編の匠ですね。


佐藤 僕にとっての、短編のお手本なんですよ。冴えないおっさんが自分の家の庭先で、部屋にあった家具やなんかを一式売っているんですね。どうやら奥さんに逃げられたみたいで。そこへカップルがやって来て、おっさんと買うか買わないかってやっているうちに酒盛りが始まって。レコードをかけて、その女の子と男がダンスするんだけど、最後に一言あってザクッと終わる。あれは素晴らしいね。


真藤 うん、たしかにラストの記銘力が際立っている。


佐藤 シーンの力、情景の力がすごく強い。そこはやっぱり、長編とは違う短編の魅力かなぁと。


真藤 (小さな声で)そうか、ラストの風景から考えればいいのか……。


佐藤 真藤君の好きな短編を聞きたいですね。今日の気分で、パッと。


真藤 うーん……ケン・リュウの『紙の動物園』(ハヤカワ文庫)に収録されている「結縄」かな。縄の結び目で記録を残す、中国の山奥の民族の老人をラボに連れてきて、DNA構造みたいなものの謎を解かせるっていうすごい話で。


王谷 好きです! あれはいいですね。


真藤 ケン・リュウも、最後にスパッと切れ味がいい。もうひとつ思い浮かんだのは、津原泰水さんの「土の枕」(河出文庫『11 eleven』収録)。原稿用紙で二〇枚ぐらいしかないんだけど、戦争小説で。自分の名前を偽って出兵した男の生涯を静かに劇的に描いているんですよ。ああいうことがやりたいんです、俺も。長い大河ドラマをぎゅっと圧縮させる、ということがやりたい。津原さんは同時刊行の『朝倉かすみリクエスト! スカートのアンソロジー』にも寄稿されています。あちらも錚々(そうそう)たる顔ぶれで、収録されているのも逸品ばかりなのでぜひ。


王谷 好きな短編って、結構それぞれの色が出ますね。



「冷え寂び」「心の艶」短編の可能性を今こそ探る


佐藤 日本人って、「短いものの美」を、ひたすら究めてきた歴史があるじゃないですか。それこそ大昔から、和歌とか俳句があるわけで。それでね、今日この話をしたら面白いかなと思ってメモしてきたんだけど、室町時代に心敬っていう歌人がいたんです。この人が美意識として説いたのが、「言わぬ所に心をかけ、冷え寂びたるかたを悟り知れとなり。境に入りはてたる人の句は、この風情のみなるべし」。あるいは「心の艶」は「寒くてやせたる」がいいという言い方もしていて、花よりも氷のほうが艶があるって言うんです。例えば芥川とか三島の短編って、明らかに今書かれているものとは違うじゃないですか。単に短いだけじゃなくて、そこには「寒くてやせたる」「冷え寂び」があると思うんです。


真藤 冷え寂び、その感覚はなかったな。熱量上げてナンボの書き手としては。


佐藤 あと、「心の艶」ね。今やエロティシズムが完全に商業化して、「艶って何だったんだろう?」というのが分からなくなってしまっている。そこの部分を短いもので追求していくというのは、可能性としてアリなんじゃないかなと感じたんですよ。紫式部って艶の大家でもあったんだけど、字面が王谷晶に似ていますしね。


王谷 似てますか?(笑)


佐藤 字面の迫力がね。三文字だし。


王谷 確かに、字面の収まりがいいなと思って付けたペンネームです。


真藤 いや、今日は深いところを示唆された気がするわ。じゃあその意気で、佐藤さんも寂びや艶を究めた短編を書いてください。


佐藤 私は断固、断り続けます。


一同 (笑)


佐藤 約束をすると、果たさなきゃいけないじゃないですか。約束を守らなきゃとか破っちゃダメだとか、不要な感情が出てきてしまう。だったら、約束しなければいいんですよ。


真藤 そこら辺のメンタルが一味違うよね。そのわりに「俺は書かないけど、真藤君はさあ、小説の王様になりたいんでしょ?」とこっちを煽ってきたりして……。


佐藤 いや、それは最初に真藤君が言ったんですよ。「小説界のキングになる」って。


真藤 いやいや、言わないよそんなこと(笑)。「小説のキングになりたいんでしょ?」って訊かれたから、「まあ、なれるもんならね」って答えたんだよ。ちなみにそのあと、佐藤究は「俺はずっと小説界にいるつもりはないのよ」って放言してましたよ。


佐藤 いやいやいや。キングになりたいって言ったのは真藤君です。


真藤 普通、自分からそんなこと言わないだろ! 「小説界のキングに俺はなる」って麦わらのルフィじゃないんだから。


佐藤 じゃあ何になろうとしてるの? 真藤君は。


真藤 えっ? なんだろう。宮部さん(宮部みゆき)みたいに量産しつつゴツい大長編も発表する、スタジアム級で集客ができる作家かなあ……。


佐藤 それがキングだよ。


真藤 それがキングか。いや、キングといえば王谷さんじゃないですか。


王谷 いや、私も武道館ぐらいでいいです(笑)。

佐藤究 さとう・きわむ

1977年福岡県生まれ。2004年に純文学の新人賞でデビュー後、2016年に『QJKJQ』で第62回江戸川乱歩賞を受賞し再デビュー。2021年、第3作『テスカトリポカ』で第34回山本周五郎賞および第165回直木三十五賞をW受賞する。


真藤順丈 しんどう・じゅんじょう

1977年東京都生まれ。新人賞4冠に輝いた2008年、第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞受賞作『地図男』でデビュー。2018年に刊行した『宝島』で第9回山田風太郎賞、第160回直木三十五賞、第5回沖縄書店大賞を受賞する。

王谷晶 おうたに・あきら

1981年東京都生まれ。ライトノベルからキャリアをスタートさせ、一般文芸に初進出した『完璧じゃない、あたしたち』でブレイク。『ババヤガの夜』が第74回日本推理作家協会賞・長編および連作短編集部門候補となる。

真藤順丈リクエスト! 

絶滅のアンソロジー


十人の人気作家による絶滅モチーフの新作短編集。


収録作家:王谷晶/河﨑秋子/木下古栗/佐藤究/真藤順丈/恒川光太郎/東山彰良/平山夢明/町田康/宮部みゆき


税込1,870円

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