十二月▲日

文字数 4,657文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら

十二月▲日

 異形コレクションの『蠱惑の本』に載せていた「本の背骨が最後に残る」が大森望・編『ベストSF2021』に採録されることになった。自分では幻想ミステリだと思って書いていたものだったので、こうして自分以外の方に「これはSFでもある」と言ってもらえるのは嬉しかった。改めてベストSF2021に収録されている「本の背骨が最後に残る」を読んでみると、なるほど確かにこれはSFだったのかもしれないな、と思う。物語というのは見る角度でキラキラと違う面を見せる場合があるのだ。多分。


 さて『ベストSF2021』だが、ベストと銘打っているだけあって面白い短篇ばかりが載っているのが恐ろしい。前回の読書日記でアンソロジーは戦いであると書いたのだが、今回は更に熾烈な戦いであったな、という印象であった。小説すばるで読んだ時から面白いな、と思っていた伴名練先生の「全てのアイドルが老いない世界」を、改めて紙で読み、アイドルというものの構造をこういう物語に落とし込んでいく手腕に悔しくなった。


 『ベストSF2021』に収録されている作品の中で一番好きなのは麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」だ。SFマガジンに載った時からお気に入りの短篇だったのだが、こうして粒揃いの短篇が載るアンソロジーに収録されているのを読み直して、改めて良さを噛みしめる。この物語での労働者はフィットネスクラブに行き、マシンを使用している間の脳を企業に貸すことで働いている。この設定からして、面白いなあと感動してしまう。確かに、フィットネスマシンに乗っている時の自我なんて在って無いようなものなのだ。


 そうして自分の意識が離れている間、身体はせっせとトレーニングを続けて鍛え上げられている。なんと素晴らしい仕組みなのか。この素晴らしい仕組みに労働なんて漢字は相応しくないので、この世界での労働は「朗働」と改名されている。ここも素敵だ。酉島伝法『るん(笑)』を読んだ時と同じポジティブな社会の薄気味悪さがたまらない。


 主人公は日々朗働に勤しみ、充実した生活を送っている。朗働せずにクスリを打ち、仮初めの幸福に浸る人々を余所に、ワーカーホリックになっていく。そこからタイトルに繋げていく過程は、恐ろしいディストピアを描きつつも奇妙な安寧がある。ある意味でここはユートピアなのかもしれない、と思ってしまうような。


 『ベストSF2021』に載っている作品はどれも珠玉の出来で面白い。この一年で発表された面白い小説を総ざらいしたいな、と思った時は是非お手にとってみてほしい。



十二月/日

 自炊にハマった。あまりそういったことにはハマらないだろうと思っていたのに、いきなりハマった。


 事のきっかけは引っ越しだった。この部屋の前の住人は料理好きだったらしく、キッチンの壁にはコンクリートの壁を貫通させて、調理器具を掛けるフックが増設されていたのだ。入居の時にこの説明を受け、どうにも直らないからその分だけほんの少し家賃が安くすると言われた。私は名前も知らない誰かの生々しい生活の痕跡を眺めながら、そもそもキッチンにこだわりがないので構わないと答えた。契約成立である。


 さて、いざ住んでみてようやく、この家のキッチンの存在感に気がついた。前に使っていたものより確実に大きいし、広い。色々なことが出来るのだろうなとワクワクした。小さい頃にシルバニアファミリーのおうちと家具を買ってもらった時と同じだ。私はそれらの小さい家具に何が出来るのかを知りたくて、解体して楽しんでいた。流石にその何倍も大きいキッチンを解体できるはずもないので、使ってみることで何かを明らかにしようとしたのだ。


 今までも全然料理をしなかったわけではないので、一通りのことは出来た。ただ、忙しさにかまけて、必要最低限の調理をするか外食で済ませていたのだ。凝った料理を自分の為に作るという発想がなかった。適当にレシピを検索し、一汁三菜を作ってみる。


 そうしたら、何だかハマった。出来上がったものはレシピ通りに作ったお陰でそれなりに美味しく、充足感があった。この作業の先に美味しいものがあるのなら、まあ少し頑張ってやってもいいかな、と思うほどに。


 元々、小説家になる為に毎月長編を書き、毎日本を読んでいた人間である。ジムもなんだかんだでがっつり続けてしまっている。努力をするのが好きなのだ。そして、凝り性でもあった。成果が目に見えて、かつ生活の一部として機能する料理は確かに好きな分類のものだった。


 この二週間ほどで色々なものを作り、調味料と調理器具が大量に増えた。先人の知恵、レシピとはすごい。それに従えば、私のような門外漢でも美味しいものが作れてしまうのだ。


 料理には度々待ちの工程がある。寝かす、とか煮る、とかだ。そういう工程の際に、私はキッチンに座り込んで本を読んでいる。


 高山羽根子『オブジェクタム』は不思議な本である。表題作は謎の壁新聞を作り、町中に掲示する祖父と、それにひっそりと付き合う孫の物語だ。静かに淡々と、時に町の不穏な片鱗を覗かせながらも、物語は粛々と続いていく。読み味が、作中に出てくる壁新聞に似ている。読者はこの物語をこっそりと追っていくのだ。


 そうして物語は次第に、町に揺蕩う記憶と秘密に迫っていく。この過程が、本当に人の記憶を追っているようで上手いのだ。誰もが共有しているのに、少しだけ違う遊園地の記憶。紐解かれていく「事件」も、本当に事件であったのかは誰も知らない。時間の流れの前に、人間は押し流されていくものなのだと思わずにはいられない。でも、そう悲しすぎる物語でもない。記憶ってこういうものだよな、と味わわされる物語だ。


 こうして本を読んでいると待ちの部分はスキップされて、私の前には次のやるべきことが現れる。しばらくの気晴らしはこれで済ませようと思う。


 

十二月☆日

 クリスマスイブに新作恋愛小説短篇「『彼女と握手する』なら無料」がJUMPJBOOKSの公式ノートにて掲載された。これは先日発売した『愛じゃないならこれは何』の中に収録されている一篇「ミニカーだってずっと推してろ」のスピンオフ短篇で、同作中に出てくる東京グレーテルという地下アイドルのメンバー・黒藤えいらを主人公に据えている。黒藤えいらはアイドルをやっているうちに、自分のところに来てくれなくなるファンの存在に摩耗し、ずっと離れない恋人を手に入れようとする……という物語だ。


 恋人だからって自分のことを一番に優先してくれるわけじゃなく、恋人が出来たって寂しいは寂しいというのは、悲しい旅ではあるのだが、散々『愛じゃないならこれは何』で地獄の恋愛ばかりを書いていたので〝完璧じゃなくても愛でいいじゃん〟は妥協じゃないよ、という物語にした。これをクリスマスイブに載せたいという担当編集さんもどうかと思うが、お気に入りの短篇である。(そもそも、クリスマスイブは割とみんな忙しかったりするので、閲覧数がそこまで伸びるわけでもない。無情な事実だ)


 この話題と全く絡められないまま松崎有理の『5まで数える』を読む。この担当編集さんから、斜線堂さんは好きだと思いますと言われて送られてきたものだ。担当編集さんは私の趣味をよく分かっている。


 帯に書かれているのは新感覚理系ホラーというキャッチだが、確かに新感覚で理系ホラーである。トップバッターを飾るのは「たとえわれ命死ぬとも」という短篇で、物語の主人公となるのは自分の身体に研究対象の病を罹らせることによって治療法を探す〝実験医〟なる職業に就いた人々。彼らはワクチンを生み出す為に、命を賭して病気に挑んでいく。実験医達の意思は固く感動的でもあるのだが、そもそも何故彼らが命を賭さなければならないのか? どうしてこんな異常な人体実験がまかり通っているのか?


 その答えは、動物実験が禁止された社会にある。いかなる状況下でも動物実験をするなんて可哀想なことはもっての他で、鶏卵を使って生み出したワクチンは「かわいいひよこを殺す悪逆非道なもの」として断罪される。その為、人間による気高い自己犠牲の精神でのみ、医療の進歩が認められる。


 この明らかに異様な前提の前に、信念を持った実験医がバタバタと死んでいく様は確かにホラーである。筆致は若き挑戦者達が挑む医療ドキュメントであるのに、物語を貫く異常が全てを変えてしまう。この理不尽さと恐怖が確かに私好みで、それこそ読み味がシャーリイ・ジャクスンの『くじ』や、ガルシア・マルケス作品に近いのだ。ぞくぞくする。


 その一方で、表題作である「5まで数える」は感動的な一作だ。数を数えられない失算症の少年・アキラは、ある日子供好きで親しみやすい数学者の幽霊と出会う。アキラとその数学者の幽霊は次第に仲良くなっていき、アキラは数字が理解出来ないまま、数学を理解するようになっていく。


 孤独の中にあった少年が、ポールおじさんと名乗る数学者の独創的な数学講義によって世界と繋がっていくのは胸が温かくなる。しかも、ポールおじさんの数学講義は読者の側にも面白くわかりやすいのだ。アキラは数が数えられないと冥府の渡し守に通してもらえないと怯えている子供なのだが、そんな不安もポールおじさんは独特な方法で解決してくれる。


 数学に明るい人間なら、数学者のポールというだけでピンとくるかもしれない。このポールおじさんが一体誰なのかが徐々に明らかになっていくのも、この短篇の面白いところだ。私は彼の伝記を本棚に収めているにもかかわらず、有名なエピソードが出てくるまで彼が「彼」であることに気がつけなかった。そうして読み通した後、なるほどあの人が幽霊になったら、きっとこうするだろうなと深く納得した。


 色々な意味で、今のご時世とクリスマスに相応しい短篇集だったと思う。


 クリスマスは派手なパーティーはすることが出来ず、友人と二人でご飯を食べ、ささやかにプレゼント交換をするくらいだった。来年こそはパーティーとは言わず、フェスを開催するぞと意気込みながら。


 駅までの道を歩いていると、ちらほらと雪が降ってきた。だが私はそれを雪だと認識出来ず、雨の粒だと思って手で払った。よく考えてみたら、あんなにゆっくりと降る雨などあるはずがない。それでも雨だと思ってしまったのは、クリスマスに雪が降るなんていうのが出来すぎていると思ったからなのだろうか。 

2022年もたくさんの素敵な本を読めますように。


次回の更新は1月17日(月)17時です。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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