メフィスト賞2021年下期座談会

文字数 13,512文字

10月からMephisto Readers Club〈MRC〉へとリニューアル始動しましたが、

メフィスト賞は変わらず「究極のエンターテインメント」を求めています。

今回の応募作の中から、新たなメフィスト賞は現れるのかーー?

 2021年下期座談会をはじめます! 今回の座談会は、2021年3月から、8月末日までにご応募いただいた原稿が対象となります。まずは皆様、たくさんのご応募を、本当にありがとうございました!


 いろんなジャンルがありましたよね! 応募原稿を読んでいてとても楽しかったです。


 今回はすべての応募作品を読み終えた段階で、それぞれの担当分の中から推したいと思った作品を挙げ、それをさらに数名で読んだ状態で、この座談会に臨んでおります! それでは早速、①タイトル②著者③キャッチコピーをあげていただき、皆で話し合いたいと思います。まずは冥さん、お願いいたします。


 ①『探偵はいなくなった』②泉水すみか③全ての探偵好きに贈る物語

探偵という職業が、社会的にメジャーである世界。プロアマ問わず探偵たちが孤島に集められ、過去その島で起きた未解決事件の真相を導き出すよう頼まれます。定番だけども魅力的な設定に、「メフィストらしさ」を感じ、親近感を覚えました。永遠の助手という役割を担わされた語り手が、最後には……という、(青春)成長小説として楽しく読めました。ただ、トリックやロジックのひとつひとつがもっと大柄なものだったら、すごいのになあと思ってしまいました。推理する者でもあり、被害者でもある探偵たちの魅力がさらに醸し出されていたら、より強力な作品になったかもしれません。若い方のようですし、これからも書き続けていただけたらうれしいです。ホームズの血を引く探偵の助手、である語り手が実は〇〇〇〇である、というサプライズ、その稚気に好感を持ちました。好きな作品として、西尾維新さんの戯言シリーズで『クビシメロマンチスト』、京極夏彦さん『姑獲鳥の夏』、綾辻行人さん『十角館の殺人』が挙げられていました。


 おぉ、正統派メフィスト賞投稿者!これまでメフィスト賞に3回応募されたとのことですね。 西尾さん担当のUさんに読んでもらったのは心強いです。いかがでしたか?  

 

 主人公の探偵の推理力をまず示す、というサービス精神あふれる冒頭に心躍りました。ご本人がミステリ好きで、ミステリを愛する読者を楽しませようと書かれているネタが豊富で、読んでいて楽しいです。西尾さんの戯言シリーズがお好き、というのもビシビシ伝わってきます。 登場人物の名付けと、癖のある探偵たちのキャラクターの立たせ方、館の設定など、工夫が凝らされていて素晴らしいです! 


 前向きな評価ですね!


 はい、とても面白かったです。ただ、殺人事件が単調に続いてしまい、事件の構造がやや分かりづらく、物語の魅力を弱めてしまっています。主人公たちのご先祖様の設定は、工夫次第で説得力を持たせることができるように思いました。この方、またぜひ書いていただきたいですね!


 物語展開も登場人物のテンションも常にトップギアのまま最後まで走り抜いていただき、着地もきれいに決めてくださいました。似鳥鶏さんの『推理大戦』を思い出しながら読みました。少し気になったのは、性に関する冗談めいた会話や、身体を重ねることで相手のことがすべてわかる探偵など、刺激的な設定を持たせた必然性が感じられなかったところです。ホームズの血脈というのも、ホームズが実在していた(アイリーン・アドラーと子供をもうけた?)など、前提をもう少し説明していただくと、説得力が増したのかもしれません。特殊能力をもつ探偵たち、というのは非常に心惹かれるのですが、全体に説得力があと一歩で、キャラクターとミステリがうまく合致していないように感じてしまいました。

 

 『推理大戦』を担当された冥さんがこの作品を読んだというのも運命的ですね! ホームズを登場させる場合、ミステリの世界ではよっぽど企画がこなれていたり、斬新さがない限り評価はされにくいということでしょうか? 

 

 原典との距離をどうとるか、かと思います。今作はホームズ(の子孫)がホームズらしく、ワトスンはあまりワトスンらしくない気がしたので、日本シャーロック・ホームズ・クラブに入っていた自分としては辛めになってしまいました。でも非常に才能のある方だと思いますし、ぜひ、また違う作品を書いていただきたいです。傑作ミステリを書かれる予感がします。 

 

 シャーロック・ホームズ・クラブ! そういえば天さん、ここぞという時にはシャーロック・ホームズのネクタイしてたような……。  

 

 ホームズのパスティーシュは多く、傑作もあります。今作は現代風に解題された意欲作でした。あのホームズネクタイはある作家さんからのいただきもので……。心のお守りです。

 

 ホームズのような誰もが知る名探偵を関連づける試み自体は、意味があると思います! 欲を言えば、設定として説明するだけではなくて、キャラクターの特性として組み込んで初めて効果が出るのではないでしょうか。 

 

 大前提として、この作品、好きです。 でも好きだからこそもう一歩きてほしい、と……。 

 

 編集長はいかがでしたか?

 

 拝読すると、挙げてくださった作品がお好きだということがすごくよくわかりますね。 ラストがよかったです。助手役の名前と出生の秘密が明かされたとき、探偵との関係性が、読み手が思い込んでいたものからガラリと百八十度かわるんです。その描き方がすごく印象的でした。ベタだけど、こういうドラマチックな演出ができるのは、とても武器になるのではないかと思います。逆に、やろうとしている理想と現段階のテクニックに、まだ乖離があり、どうしても「強引では?」「動機に納得がいかない」という部分が違和感として残ってしまいました。「無理筋」をどうしたらもっとスムーズに読者に納得させ、受け入れさせ、更なる驚きが与えられるか、じっくり時間をかけて推敲してみると、もっと完成度が上がると思います。


 次回作を期待しましょう。次は自分の担当です。

①『歓楽街遊戯』②東條せん ③新宿歌舞伎、闇金、風俗。恋焦がれて死ね。

この方はメフィスト賞が初投稿なのはもちろん、他の賞にも応募されたことがないようです。「小説版『新宿スワン』」とでも言えましょうか。めちゃめちゃ面白かったです。本当に。初投稿だからもちろん文章は練れていないですし、描写もくどいくらいでヌケがない。でも苦にならずに読めたんです。その理由は文章の読みやすさ。誰かに語って聞かせるように書いていて、呼吸のテンポのようにリズムが良く、描写が的確なので誤読がないし、情景が鮮やかに浮かびます。さらにこの方を評価するのは、「今自分が持っている技術、レベルでできること」をフルで使っていると感じさせてくれたところです。クレバーだなぁと。偉そうな言い方になってしまうかもしれませんが、著者の必死さが伝わりました。冒頭、メインの登場人物それぞれの視点で短く章立てしているのですが、これで読者は「あぁこういう人達が出てくる物語なのね」ということがわかりますし、この書き方によって誰が何の仕事をしていて、誰と味方(敵)なのかという関係性もわかりやすくなっています。こういった「使える武器を効果的に使う」能力というのは天性のものだと思います。

 

 初投稿だったのですね! それでこのサービス精神……驚きです。リアリティを感じさせるセリフ、組織の対立構造、組織内の上下関係、恋愛関係など、人間ドラマがてんこ盛りで一気に読まされました。主人公のハヤトが、小説の中で今何をすべきか、何をしたいと思って動いているのかは、もっと明確に示すほうが、読み手が話を追いやすくなります。個人的には、クラブのママの純さんと彼女に関わる男性たちとの、恋愛だけに留まらない関係性にとても心惹かれて、純さんが出てくると「きたきた!」とのめり込んで読みました。読み手によって変わると思うのですが、応援したくなるキャラクターを描けるのも、この方の魅力だと思います。 

 

 小説がすごくうまいなぁ、と思いました。めまぐるしくうつりかわる視点そのものが歌舞伎町の喧騒を表しているようで、これだけの登場人物がいるのに混乱することなく読めました。リアリティに加えて、深町秋生さんや木内一裕さんの諸作品のように、もう少し見せ場となるシーンや、啞然とするほど意外な状況などを数箇所用意していただけたらさらによかったかもしれません。土さんの意見にも同意です。自分の武器をわかって書かれていて好感が持てます。おそらく自分より遥かに人生経験を積まれている著者の作品に何か言うのも野暮かもしれませんが……。また、Uさんの言う通り、主人公が何をするために生きて、走り続けているのかが読者に明示されるとさらにいいですね!

 

 本当にリアリティがあるんですよね。また、指摘があった部分については、編集者がついてお伝えすれば、すぐに改善していただけるのではないかと思っています。 

 

 テンポがよく、読みやすかったです。ただ……、小説の形をまだなせていないように思います。シーンを切り取ってつなげているので……。最後まで読むと、ハヤトとシュリの物語だと思うのですが、なぜユウスケ視点からスタートさせているのか、疑問に感じました。おそらく作者があまりガチガチに内容を決めずに、書きながらあのラストまでたどり着いたからだと思います。もちろんその書き方もOKですが、最後まで書いて、自分が書きたいことを見つけられたとしたら、最初からもう一度書き直して整える必要が出てくると思います。もう少し推敲をすると、一作一作の完成度が高くなるはずです! 


 いいところがはっきりしていて、そのいいところが前面に出ているので、とてもいい書き手だと感じました。

 

 自分はかなり推しているのですが、ブレーキもかかっているので、他の作品の議論を先にしましょうか。

 

 ①『猫の手も借りたいくらいに』②篠宮青③人の心に興味を持ちすぎてしまった猫

いじめにあっている少年が、猫にそそのかされて……というストーリーです。企みを持って書かれている作品で、伏線も考えられているし、文章も読みやすいと思いました。非常に丁寧に書かれているところに好感を持ちました。少年が、少しずつ追い詰められていく様子や、その次のステップに進む様子も滑らかです。前半部分では「死」について深刻に考えていないからこそ、後半の追い詰められていくところにメリハリがあってよかったと思います。ただ、冒頭の描写で「こうなるのかな?」と想像した通りに筋が進みましたし、「これ伏線だな」というのがわかりやすいので、せっかくの企みが不発に終わったのは残念でした。 

 

 猫は「メフィスト」の象徴でもあります! 

 

 葛藤の描き方や、展開の運びが上手だと思いました。自分が見ていたいじめっ子にも他の顔があったと気づいたり、いじめっ子に対してむしろ罪悪感を抱えたりという描写は読んでいてハッとさせられますし、場面に忠実だと思いました。 

 

 おっ、高評価ですね。

 

 ただ、そもそも主人公はどういう性格なのか、人物の前提となる書き込みが足りなく感じられました。人物像をイメージしつつ読み進める読者としては、相手にこう言われたらこう返すのでは? という予想を裏切られるというか、物語の展開のために人物を動かしてしまっているかもしれません。読んでいて、この部分、どうしてこういう行動をしたんだろうと不思議に思い、何通りかの解釈が浮かぶのですが、そのような解釈の余地を読者に与えてしまう隙があるため、より書き込みが必要だと思いました。 また、後半は非日常なイベントが多くあり目まぐるしいですが、その前の日々は、翌日→翌日→翌日、と単調に進むので、読者を飽きさせないようにする工夫が必要かもしれません。 

 

 海さんの感想を聞くと、惜しいところはあるけれど、魅力ある書き手に感じられます。巳さんが最初に読んだ時も、気になったわけですし!

 

 ぼくは最後まで読んで、おそらく著者の意図通り、暗澹たる気持ちになりました。いじめとその逆襲、という普遍的なテーマを、まっすぐなストーリーで描いていただきました。さらにもう一歩踏み込んだ、作者なりの回答をラストに用意するか、『死神の精度』の千葉のように猫の存在をもう少し工夫してみるか、猫の語りに寓意をちりばめて、ある種の教養(教訓)小説のようにしていただくかしたら、他に類がない不朽の名作になったかもしれません。”ものがたる力”がある著者で、改稿によっては大化けしそうです。 

 

 最後まで読んで、冒頭のシーンの違和感の理由がわかるなど、作者の企みを感じるところはとても好感がもてました! もしかすると長編ではなく、短編として切れ味鋭く書けるとよかったお話なのかもしれません。猫にない感覚、人間らしい感覚=「罪悪感」とはなんなんだろう……というテーマにブラックな切り口で迫るところには、作者の世界観というか軸を感じます。   


 著者は、江戸川乱歩賞に応募されたことはあるようですが、メフィスト賞は初めてのようですね。次回作を楽しみにお待ちしています。

 

 ①『初華』②三島ヒロ雪③あなたは、大切な家族と話をしていますか。

ーー初華。あなた、自分の命で償いをしなさいーーこれが、阿久津初華の母親が彼女に残した最期の言葉だった。阿久津初華は連続殺人犯として逮捕され、裁判で検察に死刑を求刑された。拘置所内の初華、刑務官、弁護士、母親、それぞれの一人称視点で描かれます。全体のオチや、都合の良い視点の切り替えなど、小説の構成としては甘い部分が多いですし、驚くことも少なめなのですが、日常の描写に読ませられました。この方、この作品で、小説を初めて書いた、ということに驚き、座談会にあげさせていただきました。皆さんいかがだったでしょうか? 

 

 すべての登場人物の言動がしっかり書き込まれていて、それが作品のテンポを落としてしまってもいるのですが、同時に非常に考え抜いて作られた小説だということが伝わってきます。信頼できる著者だと思いました。テーマもはっきりしているし、ラストもいい。これまであまり描かれてこなかった舞台に挑戦したのも素晴らしいと思います。 いい意味で「過剰」な作品だと思いました。『ノーカット版 密閉教室』を読んだときのワクワク感を思い出します。 

 

 面白そうです!

 

 初投稿ということで荒削りではあるのですが、最後までグイグイ読ませる力があります。作者の熱を感じる作品です。毒親ものなのか、いじめものなのか、ミステリなのか、焦点が絞れると良いなと思いました。 

 

 毒親ものでミスリード、いいですね。またぜひ応募していただきたいです。

 

 舞台設定の選び方だったりは著者の方向性というか、文体に合っているということでしょうか。次回作をお待ちしております。

次は、①『眼球の点滅』②山本清流③選択できる小説――どんな結末を迎えるかはあなた次第です。

この方は2020年VOL.3の座談会でも取り上げられました。その時の皆さんの感想がこちらです(皆に座談会の原稿を読ませる)。 

 

 よく覚えております!

 

 前作覚えております! 不穏な空気感が漂う作品で、ぐいぐい読み進めてしまいました。

 

 今作は、ゲームブックという懐かしい導入に摑まれて、不穏な空気を感じつつ読みました。「呪いの数値化」であったり、目の付け所も面白く、美術に対するこだわりもあり、才気を感じました。読み終わったあとにプロフィールを拝見すると、好きな作品が『暗黒館の殺人』(綾辻行人)、『隣の家の少女』(ジャック・ケッチャム)、『Ank:a mirroring ape』(佐藤究)ということなので作品の方向性に揺るぎがない方なのかなぁと思いました。 ただ、ゲームブック的展開にするために、著者の意図が散りばめられすぎていて、ミステリーとしての誠実さという部分が薄まってしまったと思いました。謎解きのために前提は正しく読者の前に供されなければいけないなどですね。また、写真の上に絵の具を塗り込めた作品にビールがかかったというシーンがあるのですが、水彩画であれば写真を隠すほど厚くは塗り込められないし、油絵ではビールがかかっただけでは絵は溶けないし……と、「そのシーンは本当に成立するのか」と考えるだけでなく、実際にやってみる、調べてみるという手間隙をかける必要があったと思いました。フィクションなので、大噓をつくことはもちろんOKですが、地に足のついた部分とフィクションとしてのハッタリのメリハリを出してくれたらなと思いました。 キャラクターの設定については、主人公の学芸員の女性も含め、出てくる人物への共感が難しかったです。ほとんどの登場人物が、職業倫理的なものがかなり希薄なのはわざとでしょうか?  学芸員が絵の飾ってある場所で酒盛りを提案するようなことはやらないでしょうし、上司にその許可が取れてしまうようなことだったりも、読者の興を削いでしまうのではないかなと思いました。 

 

 とても楽しく読みました! 小説というハードの特性から、どうしても本文の一番最後に置かれた選択肢が一番おもしろいはず、と思って読んでしまいました。ハッピーエンドだとわかりながら最終編を読み、そこに大きな驚きや心が動かされるような部分がなかったので、少しもったいないかもと思いました。ゲームブック構造そのものを伏線にして、エピローグをつけてひっくり返していただけたらメタミステリとして最高だったのでは……と勝手ながら思います。ちょっと残念なのは、選択肢によって登場人物の性格が少し変わってしまったように感じたところです。

 

 ゲームブック的作りを優先させてしまったため、キャラがブレてしまっているようにも感じたんですよね。 

 

 目的が「ハッピーエンドにたどり着くこと」になってしまっていて、なぜ素敵な恋人を探したいのか、なぜそれを読者は応援するのか、という動機付けがやや弱いかもしれません。主人公が二人の男性に告白され、主人公もどちらの求愛を受け止めるかというロマンチックな摑みなのに、それぞれがなぜ相手を好きなのかがもう一つ伝わってこないのです。ハッピーエンドにたどり着きたい、と思わせていただけたらさらに魅力的でした。

 

 また、冒頭の「読者への挑戦状」で書かれていた、「選択を間違わなければハッピーエンド」、「間違えばバッドエンド」というルールが、読んでみるとどれもいいエンディングには思えなかったのも気になりました。 

 

 『隣の家の少女』がお好きな方なんですね。どのエンディングにもバッド風味があるのは、納得できる気がします。 

 

 ハッピーエンドとは何か? 「幸せ」は、最後にくるものなのか? 大団円でなければ物語は閉じないのか? という感じのお話なのですかね。


 ゲームブックを「書く」のはとても難しいのだな、とこの作品を読んで感じました。天さんが言うとおり、キャラや性格をかえずに筋を通すのは、とても難しいことなのかもしれませんね。冒頭の入りかたはとても魅力的で、興味をそそられました。試みは面白い。口にくり抜いた眼球を入れられてガムテープを付けられるなど、心底気持ち悪い描写がお上手です。前の応募作でも、描写が印象的でしたので、この方の魅力ですね。ただ、ゲームブックとしては分岐が少ないので、試みは面白いが成功はしていないのかもしれません。しょっぱなから、〈最悪の最悪〉のラストを選択してしまったのは、私だけでしょうか……(涙)。最初から提示されていたことですが、どのラストを選んだとしても、救われないので、最後まで読み終えると、達成感がない。(でもそこも、読み味の一つなのかもしれない) 

 

 ぼくは最初から順に読んでしまいました。「達成感がない」のは、確かに。

 

 とても難しいことに挑戦した作品だと思います。そうそう、原稿をPDFで読んだので、ページのジャンプにとても親和性があったんですよ。そのあたり、自分が小学生時代にたくさん読んだものと隔世の感があるなと思いました。

 

 ①『BOT』②石田特級③ヒト型ロボット「BOT」は、あなたの人生のパートナー

BOTという家庭用(軍事用もあり)ロボットと人間のエピソードを、ショートストーリーをいくつも重ねて作っているハートウォーミングな作品です。文章が読みやすく、短い作品を重ねていますが、一作としてのまとまりもありました。人間とロボットの関係性やエピソードに既視感があり、作者ならではのエピソードや発想が盛り込まれるともっと魅力が出て、読者を惹きつける力になると思います。web媒体に掲載されるとしたら、短いものを積み重ねる作品は喜ばれるかもしれません。そういったこれからのことを考えるきっかけをいただきました。 

 

 新しくて濃密なものを書ける人が、それを縮めることはできるけれど、その逆はあるのか。あるいは、ライトなものを大量生産できるというのは一つの戦略なのか、みたいな話も考えてしまいますね。

 

 いい文章でした。ある種の未来予測小説で、手塚治虫『火の鳥』を思い出しながら読みました。物語の起承転結と、読者の感情の推移をもう少し意識して描いていただければさらによかったかもしれませんが、十分に楽しませていただいたので、贅沢を言い過ぎかもしれません。個人的には、心が大きく動かされるタイミングがなく……エモーショナルな設定だっただけに惜しい気がします。描写を増やして大事なシーンをスローモーションで伝えたり、時間をすっ飛ばしてどんどん展開させたり、読者のスピードに緩急をつけられればさらに良くなる気がします。 

 

 8章のラストで、私はうるっとしてしまいました。巳さんが言うように、人間とロボットの関係性を描くドラマエピソードに新味がないのが残念です。ラストの「人間とロボットの差」について――、それには納得しましたが、その差をなくすことがなんのためになるのか、何が正しかったのだろうかと、考えてしまいました。

 

 未来を描くって本当に難しいですよね。感想を参考にぜひ次回作を頑張っていただきたいです。


 ①『ワールドライン』②朝倉京③現代物理学最大の謎に挑むタイムトラベルアドベンチャー

2300年代の地球から、1945年のアメリカに一人タイムトラベルで訪れた青年が主人公です。彼の目的は、自分たちが生きる時代のために、アインシュタイン博士に会ってあるお願いをすることでーー? という物語。タイムスリップ自体に説得力があり、終始圧倒されました。著者の科学史への造詣の深さと、読書量を感じることができる文章力、台詞の切れ味が魅力です。天才・アインシュタインの台詞をこれほどリアリティを感じさせる言い回しで書けることに、才能を感じました! ただ、エンタメとしてのサービス精神や緩急が物足りず、受賞作には推せませんでした。とはいえ、オリジナリティがある書き手なのは間違いありません!

 

 舞台が海外であること、登場人物の名前がカタカナばかり、という点をのぞいても、翻訳調の文章でした。しかし読みにくいというわけでは決してありませんでした。論理的に文章が構成されているからかもしれません。長いものを書きなれていらっしゃるのかなあ、と思いました。はさみこまれる20世紀科学の蘊蓄も楽しい! のですけれども、理系の、ある程度科学や数学、数式などに素養のある方が読むと、私が読むよりももっとわくわくできるのかもしれないなあ、と。  Uさんが言っていた通り、エンタメを書く! 読者を楽しませる!ということに、あまり拘泥されていらっしゃらないのかもしれない、とも。  

 

 プロフィールによると、著者は理工系の大学を出ているんですね。「ミステリ」というジャンルの特性として謎解きにひとつのハードルがあり、その上で専門性を理解させるには文章の技術がより求められるということでしょうか。

 

 難しい! というのが正直な感想です。調べながら読みましたが、著者の頭の良さについていけませんでした。しかし著者は、読者に全てを理解してもらわなくてもいい、と思っているような気もしました。ヨビノリたくみさんが森博嗣さんの作品群を"天才の階層性"、と分析されていましたが、今作にも頭がいい登場人物がたくさん出てきます。印象的なシーンが多く、ロマンもあり、ラストがとても格好良く、洋画を見ているようでした。ぼくは、とても好きです。 

 

 科学者がマーベル作品の『アベンジャーズ』のように集まってきて楽しかったです。ラストもいい。王道のストーリーで読みやすい。勝負できるオリジナルの個性があるのが素晴らしい。ですが、専門的な部分に興味をそそられ読みつつも、半分以上がわからなかった。理解できず読み飛ばしても追えてしまうストーリー展開のシンプルさが、良い点なのか悪い点なのか悩ましいですね。 

 

 皆さんの言うことに同意です。個人的には、今回読んだなかで一番「極端」な作品でした。

 

 Uさんとしては次回作に期待でしょうか?

 

 はい、すごく力のある書き手の方だと思います。ご自身が、書き手としてどんなものを送り出したいのか、座談会の感想を参考にしていただければと思います。 

 

 ①『泉下に咲く花』②氷上岳③最悪の出来事、最悪の結末、それでも彼女だけは幸せだった

文章がしっかりしており読みやすかったです。そして私はとても好きな作品でした! 何度か回想が入りますが、その雰囲気の変え方も上手く、人物の描写も上手で、文章でみせられる方だと思いました。一方で、物語の運びや設定に結構無理があるのが残念です。ラストに明らかになる事件自体の真相やオチは、もっと良いものがある気がしています。病院の診断ひとつひとつに警察が右往左往しているのも違和感があります。作品自体としては、全体として短くまとめてくださっているので、今回足りなかった設定の部分の再考をした上で、事件の展開の書き込みを丁寧にし、作品の魅力である晴花の描写などしっかり加筆していただくと良いのでは、と思いました!

 

 「好き」は大事ですよね。愛大事。編集者から推敲をご相談したいポイントが明確なのも素敵です。

 

 メフィスト賞が、同一作品の改稿後の再送を受け付けていないので、そこが難しいところですよね……。 


 泉下、辞書で調べちゃいました。「黄泉の下、あの世」という意味なのですね。透明感があって、清い印象の作品でした。内容的には、短編としてぎゅっと書いた方が良いように思いました。警察が出てくる話にするよりも、幼い子供に救われたという先生を視点人物にするなどして、日常を深めていくと、長編にできるプロットになったのではないか?と思います。文章は、まだまだのびしろがありそうです。  

 

 コンパクトにまとまった秀作でした。海さんが推したのもよくわかります。読者にストレスを与えないまっすぐな文体と、小説の題材が奇妙にマッチしていて、少しずつ不気味に、深刻になっていくさまが著者の力量を感じさせます。ラストはもう一声、何かできたかな、という気がしました。 

 

 海さんが言っていたように、余韻のある文章、謎めいた雰囲気作りが上手ですね。ただラストにもっと違う驚きを期待していて、少し残念に思いました。長編ならば、読者に期待させた分、もっと大きなオチを。短編ならば、登場人物を絞って、切れ味鋭いオチを。――と、話の長さと構成を客観的に考えてみると良いかもしれません。 

 

 ご自身の強みと、書きたい作品をすり合わせていただいたところで、また新たな作品を楽しみにしたいです!

 

 ①『エソラ』②浦松琉介③あなたに会って、あなたを忘れて

琉球! 青春! ファンタジー! 沖縄の最初の王統と言われている天孫氏の時代から、幽霊のような姿で生き残った少女エソラと、彼女を見ることができる少年の交流と冒険の物語です。特に、ファンタジー部分の、台詞やアクションなど、堂々とした書きっぷりが魅力で、それがいかんなく発揮される冒頭で引き込まれました。舞台は現代にうつり、少し不思議な存在も許容された世界での青春ファンタジーが描かれます。現代パートよりも、過去パートの方が生き生きと面白く書けていて、この方の魅力が出ています。

 

 著者の頭の中に、この世界がしっかり存在しているのだろうなと思いました。登場人物も生き生きとしていました。数ある琉球小説に比べて抜きん出たものは感じられませんでしたが、安定感は抜群です。豊穣な土地、耳から入ってくるような会話など、とてもうまいです。セヂの、「どんな難しい本でも外国の本でも読める」という能力、ほしい、と思いました。 

 

 第一印象として、この著者はとても誠実な方なのだろうと思いました。ただ、さっき『火の鳥』が出てきましたが、想像を超える時間を生きる存在について、著者にはもう一歩考えていただきたいと思いました。『火の鳥』では自我が保てるかどうかであったり、精神の寿命みたいなところまで踏み込もうという凄みがありましたが、なんというか、一週間くらい記憶を失っていたくらいの軽さを感じます。 

 

 書き手の優しさや倫理観がきちんと登場人物に反映されていて、読んでいて心地よいですよね。時を超えることの重みが描ききれていないのは、私も気になりました。現代パートの弱点になってしまっています。 

 

 神話の国、沖縄を舞台にした、神話と現代の冒険ファンタジー。面白く読みました!

滝沢馬琴も登場して、神話だけにとどまらない「なんでもあり感」を覚えつつも、その存在が物語のいいスパイスになっていて、ギリギリ物語の形を保っているのはすごいですね。ただ、ラスト部分。クライマックスが、何度も何度もやってくるのは、ややくどく疲れてしまいました。盛り上げるラストは、一回大きな波が来るだけでも良いかもしれません。なかなか終わらない……、気持ちよく終われない……、というのは、逆効果になることも。 

 

 これまでにも沖縄を舞台にした小説を書かれているようですし、またぜひメフィスト賞にご応募いただけると嬉しいです。温かみのある筆致や、生き生きとした若者の描写が、もしかしたらヤングアダルトのジャンルも合うのかも、と感じました。書きたいものがしっかりある方だと思いますので、頑張ってください! 

 

 新しい時代の琉球ファンタジーの書き手になるかもしれないですね。

 

 ありがとうございます! さてさて、全部出きったところで、メフィスト賞受賞作が出るかどうか、ですが、どうでしょう? 個人的には『歓楽街遊戯』を推したいところなのですが……。

 

 担当者が推せば、受賞、とできると思います! でも私にはこの応募作を、どうなおすのか、どんな読者が想定されるのか、まだビジョンが見えません……。  お会いされるのは、大賛成です。巳さんと『線は、僕を描く』の砥上裕將さんのようになるといいですね。

 

 現実に即したかたちで描かれた作品だと思うのですが、ヤク漬けにして50万で売り飛ばすなんてあるあるだよね、という前提の世界観を、軽い文章で描いた小説は、どうしても届け方を悩んでしまいます……。  お会いになるのは僕も賛成です。  

 

 初投稿ですものね……どんな方なのか、気になりますね。 

 

 本業もある方かと思いますが、作家として書き続けて、うまくいっていただきたいです。力はものすごくありますよね。こういう方がメフィスト賞からデビューされるのはとても魅力的なので、もう一歩上を目指してほしいです。

 

 わかりました。ではお会いして、著者がどんな方で何をしたいと思っているかうかがい、次回作のご相談をさせていただきます! 今回の受賞作は残念ながら無し、という結果でしたが、新生メフィスト賞への期待も高まりますね!

あらためて、今回メフィスト賞にご投稿いただいた皆様へ、編集長、部長からお願いします。

 

 数ある文学賞の中から、「メフィスト賞」を選び、応募しくださって、本当にありがとうございました。残念ながら受賞作は出せませんでしたが、とても魅力的でレベルの高い作品ばかりでした。おもしろければなんでもありだよなぁ、と改めて思います。小説って、やっぱりいいですね……。

 

 たくさんのご応募を、ありがとうございました! 今回は本当にいろんなジャンルがありましたよね! 応募原稿を読んでいて楽しかったです。編集者としても応募作にたくさんふれられるのは、とても勉強になると思いました。

今後とも「メフィスト賞」は、まだ見ぬ才能をお待ちしております!


メフィスト賞2022年上期座談会は、2月末日受付までのものが対象になります。

どうぞよろしくお願いいたします!

その他の印象に残った作品はこちらから!

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