第10話 LVDB BOOKS

文字数 2,156文字

書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。

しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。


そんなあなたのために「出張書店」を開店します!

魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの3冊をご紹介。


読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まないというあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。


第10回は、大阪のLVDB  BOOKSさまにご紹介いただきます。
『カンボジアは誘う』

平野久美子

(新潮社)

7年ほど前にラオスのサワンナケートのカフェでこの本と偶然出会った。日本人が経営するそのカフェの本棚には日本語の書籍が何冊も並んでいて、おそらく以前立ち寄った旅人が置いて帰ったのだろう。驚いたのは、ラオスに足を踏み入れる前にわたしはカンボジアを訪問していて、それが東南アジア周遊の一番の目的だったにもかかわらず、この魅力的なタイトルの本の存在を知らなかったことだ。本書に書かれている内容は歩いてきたばかりのカンボジアの印象を捉えなおす上でまさに必要としている情報だった。戦争のイメージばかりでなく、カンボジアに住む普通の人びとや普通の暮らしに興味を持ってほしいという思いで書かれた本書は、カンボジアの建物、料理、美容、陶器、絹織物、看板などのテーマを生活者の目線で取り上げている。わたしがカンボジアという国に興味を持ったきっかけが音楽だったので、政治や歴史ではなく、普通の人びとの暮らしに着目した紀行書はそれだけで貴重だった。クメール語で「おいしい」を意味する「チュガンニュ」は小鳥のさえずりに似た愛らしい言葉だと著者はいう。プノンペンにいた1か月の間、午前の日課のように通っていた軽食屋を思い出した。毎朝フレンチトーストと珈琲を注文していたカフェのようなその軽食屋は家族経営で、生活の気配が漂う店内で母親と娘姉妹が忙しく働き、歴史を感じさせるうす汚れた店内の壁にはフランスの首都の写真が飾られていた。そこは小鳥のさえずりのような言葉がとても似合う場所だった。

『コロンブスの犬』

管啓次郎

(河出文庫)

『コロンブスの犬』が2011年に文庫化されたとき、帯文には「幻のデビュー作復活/詩的反旅行記」という言葉が踊っていた。それは誇張ではない。1989年に出版された原書が文庫という新たなかたちでよみがえるまで22年の時間がかかっており、その長き不在は幻という表現にふさわしいものだ。旅するという行為、異郷に身をさらすというふるまいに魅了されながらも、自ら見聞きしたことを適切に言語化することができず、他人とうまく共有できなかったという感慨は多くの人が経験することだろう。著者はそれを書く。「もうすべての旅は試みられてしまった」という諦念を伴いながらも、過去および現在の書物から言葉を縦横無尽に引用しながら、旅という一語の背後にひかえる豊穣な思索が扇のように広がる。格安航空会社の登場によって旅行が身近になった近年において、世界が未曾有のパンデミックに見舞われた現在において、本書は多くの人にとってより親しい書物として幻のように何度もよみがえる。「旅と記述は、たしかに似ている。ほとんどおなじものだといってもいいくらいだ。紙に書くか、地表に見えない足跡を書くか。どちらにも、賭けられているものは〈自由〉だった」。そうであるなら、読むことで見えない足跡をたどり直すこともできるのではないかとわたしは信じている。

堀井憲一郎

『落語の国からのぞいてみれば』

(講談社現代新書)

落語の世界には独自の死生観や哲学が存在する。それを具体的な噺に即して、落語になじみのない読者に向けてわかりやすく解説してくれるのが本書である。江戸時代から明治・大正時代にかけて作られた古典落語の常識は、現在の令和時代の常識とは異なる。そのようなことは言われなくても何となくわかっているようであるが、あらためて詳しく解説されることで、落語の国の入口にすんなりと入り込んでいくことができる。章のタイトルを一部挙げると、「数え年のほうがわかりやすい」「昼と夜とで時間はちがう」「死んだやつのことは忘れる」「名前は個人のものではない」「みんな走るように歩いてる」「生け贄が共同体を守る」「見世物は異界の入り口」「恋愛は趣味でしかない」「30日には月は出ない」など。たしかに今とは少し違う世界が広がっているようだ。旅とは異国の地に足を踏み入れる行為だけを指すわけではない。落語という装置を通じて、わたしたちは過去に向かう時間旅行を味わうことができる。ただし、著者本人も付言していることであるが、過去を懐古し、かつての常識を特別に誉めそやしているわけではない。かつて存在した、今とは異なる常識の世界の物語に耳を傾けるということ。「息苦しいなあとおもったときには、ちょっと江戸の気分になってみると、少し楽になるかも」という著者の語りに連れられて落語の国からのぞいてみると、肩の荷が降りて体がすっと軽くなることがあるかもしれない。

LVDB BOOKS(大阪)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色