現役書店員はどう読んだ? 彩坂美月著『思い出リバイバル』

文字数 2,658文字

ひとつだけ、過去を「再上映」できるとしたら――。

ミステリー作家・彩坂美月の最新作『思い出リバイバル』が大好評発売中!

現役書店員は本作をどう読んだのか。

ときわ書房本店勤務の宇田川拓也さんがその魅力を語ります!

ひとにとっての〝思い出〟を巡る、忘れがたい連作集

 本稿を書き始めるにあたり、映画のリバイバル上映に関する情報に、ざっと目を通してみた(二〇二二年九月時点)。もっとも大規模な再上映企画である「午前十時の映画祭12 デジタルで甦る永遠の名作」を筆頭に、『恋する惑星』などを4Kレストア化した「WKW4K ウォン・カーウァイ4K 5作品」、十二月に続編の公開が控える『アバター:ジェームズ・キャメロン 3Dリマスター』、また『ロッキー4 炎の友情』をスタローンが全体の半分近くのシーンを差し替え大幅に再編集した『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』、ラモーンズの出演で知られるもイベント上映などを除けば劇場公開は日本初となるロジャー・コーマン製作『ロックンロール・ハイスクール』も、リバイバル上映の一環と捉えて差し支えないだろう。


 配信が当たり前となった現在でも、斯様にかつての作品を劇場のスクリーンで振り返ろうという動きは絶えることがない。そこには懐かしさに浸るだけでなく、年月を経たからこその新たな気付きや発見を得る面白さがある。加えて、作品の向こうにある当時の記憶や思い出を重ねて鑑賞するという、初見では絶対にできない愉しみもある。


 彩坂美月の書き下ろし最新作『思い出リバイバル』は、そうしたリバイバル上映の効能を幻想的なエピソードとして織り上げ、ミステリの手法でまとめた五つの連作短編からなる一冊だ。

「たった一つだけ、人生の思い出を再上映できる」と噂される謎めいた人物〈映人〉。メールを通じて依頼し、その思い出に関係する物を一つ持参すれば、求める過去をふたたび体験させてくれるという。しかし無償である代わりに、依頼者は三つのルール──『過去を悪用してはならない』『内容を誰にも話してはいけない』『何が起こっても、生じた結果は、自分自身で責任を負うこと』を厳守しなければならない。


 東京近辺でしか聞かない、広まったのもここ数年というマイナーな都市伝説で、なかには噓つきの犯罪者、あるいは化け物呼ばわりする人間もいたが、その存在と異能を信じて願いを叶えてもらおうとするひとびとの前に、黒衣をまとった麗しき若者〈映人〉は現れる。


〈第一話 父の思い出〉の依頼者──立花亜衣は、高校三年生の夏、父親に会った最後の日を再上映して欲しいと望む。酒癖が悪く、母との離婚後は疎遠になっていた父に、思い悩んでいた進路の相談をするが、向き合うことから逃げるような態度に失望し、父の手を振り払ってその場をあとにする。ところが翌日、警察から連絡があり、父が背中を剪定鋏で刺され、物が散乱した室内で息絶えていたことを知る。生前、父は何を考え、どうしてあのような最期を迎えてしまったのか。


〈第二話 恋人との思い出〉の依頼者──林里佳は、現在の結婚生活にすっかり倦んでおり、高校時代に事故で亡くなってしまった恋人と最後に過ごした日の再上映を望む。幸せだった、あのデートのあとに起こった悲劇がなければ、現在の夫を選ぶことはなく、こんなもやもやとした気持ちを抱えて空しい日々を送ることもなかったかもしれない。そう悔やみながら。


〈第三話 青春の思い出〉の依頼者──会社員の三橋陽太は、仕事に疲れ果て、周囲の人間を見下しつつ「オレは、こんなつまらない場所にいるべき人間ではないのに」と唇を嚙んでおり、自分が一番輝いていた、高校生活最後の文化祭の再上映を望む。あの日に戻りたい。かつての活き活きとした自分を、幸福だった時間を取り戻したい……。


 じつはゆるやかなつながりを持っているこれらのエピソードはいずれも、再上映を経験することで訪れる依頼者の内面の変化が読みどころになっており、著者が得意としてきた、過ぎた夏を振り返るようなノスタルジー漂う青春小説と、『みどり町の怪人』(二〇一九年)や『向日葵を手折る』(二〇二〇年)で見せた都市伝説的な要素が上手く溶け合っている。


 この流れがそのまま踏襲されていくのかと思いきや、〈第四話 ある犯罪の思い出〉では〈映人〉が登場しないまま、林間学校で“人食い山”なる異名を持つ不穏な場所に向かった少年の視点で進行し、さらに〈第五話 映人の思い出〉では、ここ最近出回り始めた〈映人〉にまつわる物騒な噂や誹謗中傷に苛立ちを覚える学生の遼太が、「未来」と名乗る少女とともに、〈映人〉を貶めようとする人間と“思い出を再上映する者”の正体に迫ることになる。


 つまるところ、“再上映”という特殊能力は周到な仕掛けなのか人智を超えたものなのか、〈映人〉とは人間なのかそうではないのか。ミステリとファンタジー、どちらのつもりで読んでも、読者はページをめくる手を最後まで止めることはできないだろう。そして示される、ひとにとって“思い出”とは、“再上映”とは何なのか。彩坂作品のなかでも、とくに色彩が鮮やかに映えて忘れがたいラストシーンとあわせて、その答えを胸にしっかりと留めておきたくなるはずだ。


 最後に、本作は一度読み通せばそれで終わる物語ではなく、読了後は書棚などに大切に置いておき、いつの日か再読することで初めて、読者は作品の真価に触れることができるだろう。そのとき、本作からどのような新たな気付きや発見を得て、そこにどんな記憶や思い出を重ねて見るのか。ページを閉じたあとも愉しみは尽きない。

この書評は「小説現代」2022年11月号に掲載されました。

宇田川拓也(うだがわ・たくや)

1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。仕事の傍ら、新刊レビューや文庫解説を執筆。『このミステリーがすごい!』大賞ほか、新人賞の一次選考も複数務める。

ひとつだけ、過去を「再上映」できるとしたら――。


思い出をひとつだけ「再上映」してくれる不思議な存在、映人。

過去を変えることはできないが、今の自分の視点でもう一度過去を見直すことができる。

幸せだった頃を取り戻したい人、後悔にけりをつけたい人……映人に再上映を依頼する理由は様々だが、受けるか受けないかは映人なりの基準があったーー。


幸せなものでも、苦しいものでも、自分にとって価値があって大切なものだと心から思えたら、きっと「これから」が変わっていく。

前を向くきっかけをくれる、傑作ミステリー!

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