『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』言葉から生まれた光たち(千葉集)

文字数 1,829文字

今週の『読書標識』、木曜更新担当はライターの千葉集さんです。

革新的な短編集と話題の『シオンズ・フィクションズ イスラエルSF傑作選』(竹書房)について語ってくれました。

書き手:千葉集

作家。はてなブログ『名馬であれば馬のうち』で映画・小説・漫画・ゲームなどについて記事を書く。創元社noteで小説を不定期連載中。

アシモフやウィリアム・テンから発するユダヤ系アメリカ人SF作家の大河のごとき系譜や、旧約聖書、流転の民族史、そして国自体の成り立ちと現在の技術立国としての顔を思えば、そりゃあイスラエルにだってSFはあるでしょう。逆にないと考えるほうがおかしい。


ほう。では、イスラエルにどんなSF作家がいるのかご存知ですね? 


……すいません、存じません。


泣かなくてもいい。ハイ、そんなわたしとあなたに、これ。

『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』。


2010年代を中心に、イスラエル人作家たちがさまざまな言語で発表したSF短編を海外(っていうかアメリカ)向けに精選した唯一無二のアンソロジーです。


並んだ顔ぶれは実に多士済々。日本でも名高いイスラエルSFのフロントランナー、ラヴィ・ティドハーに始まり、唯一の商業発表作が本書収録作であるセミプロから本国では評価の定まったバリバリのプロまで、各々の技巧と趣味を凝らした短編を愉しめます。


小説とは最初からその国らしいものを書きたいとおもって書かれるものではありませんが、アンソロジーを編む側は違います。イスラエルSFを謳っているのだから、なにがしかの”おれたちの打ち出したいイスラエルっぽさ”が含意されている。


たとえば、ティドハーの「オレンジ畑の香り」やガイル・ハヴェンの「スロー族」では、それぞれアプローチは違うものの”異質な他者”との摩擦が描き出されていて、もともと異なる地域から集まってきた人々の国家で今なお内部に”他者”であるムスリムを多く抱えた国家事情が透けてみえますし、ニル・ヤニヴ「信心者たち」やサヴィヨン・リーブレヒト「夜の似合う場所」やエレナ・ゴメル「エルサレムの死神」ではユダヤ教やユダヤ人に纏わるイメージが前景化されています。


本アンソロジーでもとりわけ存在感を示しているのは、過去(とありえたかもしれない現実)についての物語群でしょうか。ガイ・ハソン「完璧な娘」のようにテレパスの主人公が自殺した少女の記憶と徹底的に対峙する物語もあれば、鏡の向こうにいくつものありえた自分の姿を見いだすロテム・バルヒンの「鏡」や、ある科学者が早逝した妻を救うために多元宇宙理論と友人を利用するペサハ・エマヌエルの「白いカーテン」といった並行世界ものとして表れるお話もあります。アメリカではフィリップ・ロス『プロット・アゲインスト・アメリカ』やマイケル・シェイボン『ユダヤ警官同盟』、そしてティドハーの『完璧な夏の日』『黒き微睡みの囚人』といったユダヤ系作家による歴史改変SFの印象が強い(ここにアヴラム・デイヴィッドスンの『エステルハージ博士の事件簿』も入れるべきか迷います)ですが、そうした文脈とも接続できそうな(わるい言い方ですが)民族的なオブセッションも見て取れるでしょう。


収録作から”イスラエルっぽさ”を読み取る精度を高めたいのなら、末尾に掲載されている「イスラエルSFの歴史について」というエッセイから読むのも手でしょう。本アンソロの共編者たちによるイスラエルSFの苦闘の歴史(主流文学との戦い!)が概観できます。 

 

最後に個人的なベストスリーを挙げておくと……ガイ・ハソン「完璧な娘」、ある実験から生み出された伸縮自在のネズミたちが人類に反旗を翻すモルデハイ・サソン「シュテルン=ゲルラッハのネズミ」、姉から渡されたSF雑誌(実在)にドハマリした少年がある超常現象に巻きこまれるシモン・アダフ「立ち去らなくては」あたりでしょうか。


なにしろ十六本もの物語が詰まった巨大なアンソロジーです。好きになる一本が、かならずあるはず。

『シオンズ・フィクション イスラエルSF傑作選』シェルドン・テイテルバウム&エマヌエル・ロテム他(竹書房)
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