スマホが私

文字数 1,098文字

 気がつくと現金を使うことがめっきり減った。以前なら、月初に現金を何万円か下ろしておく必要があった。買い物も現金だし、外食も支払いは現金が普通だった。その頃は比較的田舎の方に住んでいたので、カード払いはなかなか面倒だった。そもそもカード対応の店が少なく、対応している店でもカード決済の操作ができる店員が店に一人しかおらず、その人が休みなので現金で支払ったこともある。中小の店舗ではカード払いのシステムを準備するためのハードルが高いのが一因とも聞いた。
 それがインバウンド需要のせいか、その後のコロナ禍のせいか、ともかくこの三年ほどの間に急激に現金の出番が減った。ATMに行く機会も減ったので、たまに現金しか受け付けない店で買い物をして、手持ちの現金がギリギリだったこともある。
 では、いまは何を使って支払いをしているかというと、カード払いとスマホ決済が中心だ。さらに口座の入金・出金もスマホアプリで完結するので、ATMコーナー以外で銀行に行くことも稀になった。スマホアプリが顔とか指紋で生体認証を行い、本人確認をするので、預金の管理ができるようになったわけだ。確かに通帳と印鑑よりもセキュリティは向上しているだろう。
 このように便利になった反面、厄介なことも起こる。そう機種変更だ。スマホの機種変更をするときは、銀行や決済サービスの設定を全部やり直すことになる。うっかり手順を間違えたばかりに、銀行に連絡して、書類を郵送してもらったこともある。
 口座の持ち主が、スマホの持ち主と同一人物であることを証明できなければ、アプリで預金管理など危なくてできないという理屈だ。
 こうしていまやスマホは財布以上に重要な持ち物となった。財布を落としても現金がなくなるだけで、スマホさえあれば店舗で買い物もできる。
 しかし、スマホを落としてしまったら、買い物が不便なだけでは済まない。仕事関係のメッセージのやりとりもできないし、個人認証も大打撃を受ける。
 そう、社会から見て私という人間は、私そのものではなく、私のスマホを持っている人なのだ。本作はそんなことを思いながら書いたのでした。



林譲治(はやし・じょうじ)
北海道生まれ。日本SF作家クラブ第19代(2018−2020)会長。 ≪星系出雲の兵站≫全9巻(ハヤカワ文庫JA)で第41回日本SF大賞、第52回星雲賞日本長編部門(小説)を受賞。

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