第53回
文字数 2,641文字
もう4月も終わりですね。
う、ウソやろ?
ゴールデン・ウィークってウマの名前かな。
私たちは部屋の中でぐるぐる歩き回るひきこもりだよ。
脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、
困難な時代のサバイブ術!
ひきこもり生活の一番のメリットは「安全」である。
今も全世界で大ブレイク中、登場から一年以上たった今でも「変異」などの味変で我々を飽きさせず、第二波第三波とタピオカ以上の超高速サイクルでブームを巻き起こし、やっとワクチンが出てきたと思ったら、今度はそれをめぐって人間どもが揉め始める、という人間必殺(ヒッコロ)ウイルス「新型コロナ」も、一番簡単かつ効果がある防御策は「外に出ない」ことである。
コロナだけではなく、感染型の病気予防において「ひきこもる」以上の最善策はないのだ。
また、ひきこもり生活には「外敵」が存在しない。
家の中にいれば「他人」という猛獣を筆頭に、他の動物にも追いかけられたり舌打ちをされることはないし、車輪がついた鉄の塊に突然勝負を挑まれることもない。
たまに、小バエが頭上を延々に旋回し続けるということはあるが、カラスに突かれるよりはマシである。
それに小バエ程度であれば、小林製薬さんの力を借りてタイマンで勝ち越せなくもない。
このように、外にいるよりは家の中にいた方が安全であることは疑いようもない。
そもそも「ひきこもる」というのは避難行動の一種である。外より家の中の方が己を守れると判断したからひきこもっているのだ。
ブラック企業から逃れるために紛争地域に行こう、という人はあまりいない。
ただし、家の中の方がゴッサムシティなので、それよりは安全な路上で寝る「家出」というケースもある。
これは危険から別の危険に逃げているだけなので、周囲による早急な対策と援助が必要である。
逆に言うと、家の中の安全性が高すぎるせいで「ひきこもり」は長期化しやすいとも言える。
水も食料もなく、目の前をモヒカンジープが2段階右折していくような状況なら「早く何とかしなければ」と思うが、家の中でとりあえず衣食住が保証されているうちは、「何とかせねば」とは思いつつも「再来週の水曜までには」と先延ばしを続けてしまうものだ。
しかし、どれだけ家の中が安全と言っても、島耕作の隠し子のように部屋にヘリがツッコんで来たら死ぬし、ひきこもりはせっかく外敵がいなくなったのに、自ら問題を作り出し、自滅してしまうパターンも多い。
まず、ひきこもりは部屋の床に物を置いたり、謎のコードを張り巡らせたりと、自分で自分にトラップを仕掛けがちなところがある。
70歳を越えたあたりから「室内での転倒」は死因ランキング上位に食い込んでくるし、若くてもひきこもり生活で体が弱っていればワンチャンある。
逆に言えば、早く身罷ってほしい老がいるならとりあえず床に物をおいておけばいい。
床に物を置くのはひきこもりではなく性格の問題と思うかもしれないが、ひきこもったことにより他者との交流がなくなると、「自分の部屋に入るのは自分だけ」になってくるのだ。
自分しか入らない部屋をいつ他人が来ても大丈夫なように保ち続けるというのは、来るかどうかわからない客のためにスコーンを焼き続けるぐらい難しい。
そして、他人を家に入れないとヤバいという状況になった時にはもう、「他人を入れられる部屋」というのが精神的にも物理的にも存在せず、そのまま死ぬしかないのだ。
「部屋が汚い」というだけで人が死んでしまうように「面倒」「飽き」「暇」など一見どうでも良さそうな罠が死につながってしまうことは多い。
つまり人間は割と些細なことで死ぬ。1メートルぐらいの段差で死ぬファミコンソフト「スぺランカー」は誇張ではなかったのだ。まだスぺランカーの方が、電気コードでコケて死なないだけ丈夫である。
家の中に上空から襲ってくる外敵はいないが、その分足元をすくってくるトラップは多い。
そしてその罠は大体自分でしかけた物である。
自分で自分の家に罠を設置せず、ひきこもりとして健やかに長生きするコツはやはり、来るかわからない客のためにスコーンを焼き続ける心である。
部屋に誰も来る予定がなくても、人を入れられるよう掃除し、誰にも見られてないのに人の視線を意識した服装やビジュアルを維持するという、逆にサイコ野郎の行動がひきこもりの健康を支えるのだ。
おそらく、定時通りに会社に行く生活が嫌で、会社をやめてひきこもりになりたいと思っている人は多いと思う。
しかし、ひきこもりこそ「規則正しい生活」が求められるのだ。
ひきこもりに近い「セミリタイア」生活を送っている人も、すぐに精神を病んで社会復帰してしまう人と、苦も無く続けている人に分かれるというが、続けている人は大体「規則正しい生活」をしており「目が覚めた時に起きます」という人はあまりいないのだ。
しかし「決まった時間に起きる」ということができるのも、「会社の定時」という制約あればこそ、だったりする。
「起きなくていいし、誰にも怒られないのに毎朝決まった時間に起きる」というのは、会社に定時出社するより難しい。
会社員であれば、定時に出社しないと「怒られる」というペナルティがあるため嫌でも起きるが、ひきこもりにはそれがないのである。
その「他人からの怒られ」こそが大きなストレスであり、ひきこもりになる原因の一つなのだが、逆にそれが「定刻を守る」などの「社会性」を人に与えているとも言える。
つまり他人はこちらの命を奪う外敵でありながら、人間らしい生活を支えてくれる協力者でもあるということだ。
よってひきこもりになっても、いざという時のため、部屋には自分以外の人間が最低一人は入れるスペースを確保しておこう。
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中