あの人気芸人が小説を執筆! 『コナファギャンワアイランド』(布川ひろき)

文字数 6,081文字

お笑い芸人たちがエンタメの地図を大きく塗り変え、小説の世界にも進出しつつある昨今――気鋭の若手芸人・布川ひろきさん(トム・ブラウン)が短編小説を執筆!

才能あふれるこの注目作の試し読みを大公開いたします!



初出:「小説現代」2022年12月号

『コナファギャンワアイランド』



世界は無数の音で溢れている。

新作ゲーム開発のため、まだ「聞かぬ」擬音語を求める大冒険が始まる!

 ワーーッ!

 ギャーー!

 ガーー!


 ブーーーッ!

 びゅーー!


 ゴボッッ!

 バンッッ!

 ドスンッ!


 ザーザー!

 ヒューヒュー!

 ピューピューー!


 ガーーン!

 ドーーン!

 ズドーーン!

 ベキッ!

 バコーーン!

 ドゴーーン!

 ズキューン!


 ピ!

 チリンチリン!


 キラッキラッ!

 ズバズバッ!


 カタカタ!

 ガタガタ!

 ブリブリブリ!


 ピタ!


 ドスンッ!

 バタンッ!

 ガタンッ!

 ゴトンッ!


 うえーーん!

 イヤーーン!


 ワッハッハッー!


 ズルズルズル!

 パクパクパク!


 チュッッッ!


 東京の街には常に色んな音が鳴っている。

 種類は色々あるけども、そのほとんどの音を人々は何も気にせずに歩いている。

 それはなぜか???

 それは恐らく、街にある音が一度聞いたことのある音だから。それを何度も聞くと特に何も気にならなくなり、いつも聞いてる音になる。

 東京にいる人のほとんどがそうであり、そうだから東京の人は無感情とか冷たいというように言われるのだろう。

 初めて東京・渋谷に行った時の音の感覚はもう味わえないのかもなぁ。


 僕はゲームクリエイターの音中日。ゲームソフト制作でお馴染みのゲーム会社「コナファ」に入社して4年目の22歳。好きな食べ物はラーメン。チャーハン。カレー。好きなお酒はビール。好きなアーティストはミスチルでいつも着ている服はユニクロのシャツ。

 ごく普通の男だ。

 誰にも考えられない全く新しいゲームを作るぞ! と、夢に満ち溢れていた1年目の4月だったのも、ごく普通。実際は最初の3年間は先輩の言うことは絶対!的なパワハラよろしく上司が、

「ゲーム作りより、俺の誘いは断るな。というかこれもゲームに生きてくる。わかるだろ?」とおっしゃっていて困らされていた。

 ある時は出社まであと5分まで飲まされ(その上司は休みの日)、ある時は引っ越しの手伝いを仕事終わりにさせられて、12時間かけてやっと終わり、

「今日はおごってやる! 好きなもん食え!」

 と言われてラーメンの食券機に100円入れてトッピング分をご馳走していただいたり(上司は全部載せ)、ある時は、上司が仕事で遠くに行く際、交通費が会社から出ているのに、車を出させられなおかつ運転をさせられ、ガソリン代だけ出してもらえないか聞いたら大説教されたり(100円のうどんをおごったから)、上司とエロい関係にある人と朝までモンハンのレベル上げをさせられたり(上司は横で寝てました)していたのですが、先月その上司が入社からずっとやっていたという蛙の脳ミソの早弁が社長にバレて(ネットで蛙の脳ミソ定食の販売をやっていたのであだ名は蛙定)いなくなったので、ついに自由になり、メインでゲーム制作を担当させてもらえることになった。

「やった! ここからが俺の1年目だ! すごいものを作るぞ!」

 期待に胸を躍らせ部長のデスクに向かった。

 すると部長はこう言った。

「お前には『ギャンワアイランド』の新作を担当してもらう」

「ホ、ホゲ?」

 ホゲだ。まさにホゲだ。

 ギャンワアイランドとは、うちの会社コナファが数十年前に出したヒット作で、シリーズ累計5000万本売れているゲームなのだが、2000年以降は徐々に下降線をたどり、気が付けば13年新作がリリースされない状況になっていた。

 つまりは引退寸前の野球選手が最後に一軍に上げてもらい、1打席だけ出てお役御免。功労者ありがとう!的な作品をまかされそうになっているのだ。

「部長。ふざけないで下さい。僕は終わりかけの選手の最後の花道を飾るためにこの会社に入ったわけではありません。僕は誰にも考えられない全く新しいゲームを作るためにこの会社に入ったんです! どうしてもこれを担当してほしいんでしたら、僕の爪の垢をおでこの真ん中につけて“沢田さんのほくろ”と毎日言いに来て下さい! そしたらやってあげますよ!」

 と、言ってやりたい気持ちではありましたが、この3年間で僕の尖りは削りに削られて、とっても丸いキ○タマくらい尖ってないのです。2年目の頃にゴリゴリの格闘ゲーム好きなのに「踊る! 踊るぞ! 矢じるし踏んで!」というダンスゲームのサブ担当をさせられて、途中で担当を降りたいと上司の蛙定に言ったら、

「こいつはブレックファーストに蛙の脳ミソを食べている」

 という嫌な噂を流されて、数週間他の社員から白い目で見られていた時期があった(後にMRI、CTスキャン、胃カメラをLIVEで見せて濡れ衣は解消される)。あの時のつらい思い出があるし、やりたいことを全部やれている人なんてどこの会社にもいないと思うし、こういう状況も社会的に普通のことだと思うので、

「はい。かしこまりました」

 と、二つ返事で答えて、ギャンワアイランドの新作を担当することになった。


 そんなこんなのなんだかんだ鼻かんだで担当することになったが、正直このゲームの世代ではないのでイマイチゲーム内容をちゃんと知らない。

 わからないことをネットで調べる時のシェア率圧倒的ナンバーワンの「NAVERまとめ」で調べようとしたのですが2020年でサービスが終了したようなので、仕方なくよくわからないサイト「ウィキペディア」で調べてみた。


“ギャンワアイランドはコナファのゲームで「ギャン」や「ギャンワ」という擬音を物体化して敵に当てて倒す横スクロールアクションゲームである”


「……ふーん」

 特に強く感情は動かなかった。

 イマイチモチベーションは上がらないが、3年目の頃に大学の特別授業“就職とは”というものの講師をコナファの社員としてしたことがあるのだが、その時の生徒達はほぼ誰も話を聞いてなかった。

「……まぁ、いいや」

 その時も流してすませたので、今回もそうやって凌げばいいやと思っている。


 前作のギャンワアイランドを会社から借りて一度プレイしてみたら、「ギ」、「ギャ」、「ギャン」、「ギャンワ」という順番で擬音の強さがあり、のど仏を拾う度に擬音の攻撃力が上がるというものだった。

 前作を参考に一度作ってみた。

 パワーアップした要素として、「ギャンワ」よりさらに強い擬音「ギャンワワワワワ!」を足してみた。

「何かパンチ足りないなぁ……。まぁ、いいや」

 と、思いつつも、人気のない公園のベンチで一人で昼ご飯を食べたあと、目を瞑って仮眠をとろうとしていると、目を瞑っていてもわかる変な違和感があった。

「何か……気配がするぞ」

 恐れおののくとまではいかないが、少しの不安を抱えつつゆっくり目を開けた。

「……ホ、ホゲ?」

 目を開けたその1メートル先には、身長70センチほどの1歳半くらいの男か女かわからない子供が座っていた。

「……ホ、ホゲ?」

 10秒たってもよくわからない。

 お母さんが近くにいるならわかるが、近くには見当たらない。ただ思い出せないが誰かに似ている。

 誰だっけ?

 と思っていると、急に口を開いた。

「ナヘーー」

 ……ん? 何だ?

 そう思っているとまた、

「ナヘーー」

「……ん? 何? どういうこと?」

 と聞くが、

「ナヘーー、ナヘーー、ナヘーー」

 何度も僕のことを指差して言ってきます。

 昔、北海道のピロリン村という宿泊施設に泊まった時に、そこの村長(館長)が何を聞いても、

「おー! ちんぽだー!」

 としか言わなかったことを思い出しました。今は関係ないことなので、気になった人は明日にでも調べて下さい。


 話を戻そう。

「ナヘーー」

 と僕を指差してずっと言ってきている。

「ナヘーー、ナヘーー」

 と連呼しながら僕を指差してきている。

 これはもしかして僕のことを言ってるのか? ずっと指を差しているし。

 僕は自分を指差し、

「ナヘーー?」

 と、聞いてみると、

「ナヘーー! ナヘーー!」

 何度も頷いて言ってきた。

 一体どういうことだ?

 ナヘーーって、何だ?

 調べても出てこないぞ?

 ナヘーーって、一体なんなんだ?

 ……と、思ったが急に考えるのがめんどくさくなった。こんなこと考える意味ないか。

 ナヘーーが何かわかんないけど、まぁいいか。

 と、思った瞬間に、

「ナヘーー! ナヘーー! ナヘーー!」

 と指を差して、さっきよりも大きな声で言ってきた。

 なんだ?

 僕がナヘーーを考えるのをやめたら、さっきよりも強く言ってきたぞ。

 でもまぁいいか。

 ……ん? そういえば最初のナヘーーの時は、ゲームにパンチがないけど、まぁいいか。

 今もナヘーーを考えるの、まぁいいか。

 と、思った時にナヘーーと言われた。その時、パッと頭の中が整理されて閃いた。

 僕がまぁいいかと投げやりになって、何も力が入ってない状態は「ナヘーー」という状態なんだ。そんな言葉はないけど、何も力が入ってない時って確かに「ナヘーー」っていう音が漫画なら擬音で入ってて違和感がない気がする。

「あ! このナヘーー、は擬音なんだ! まだ見つけられてない擬音なんだ!」

 さらに閃く。

「ギャンワアイランドに何かパンチが足りないと思っていたんだけど、元々ある擬音ではなく全く新しい擬音を使っていけば、新しいギャンワアイランドができるんじゃないか!?」

 僕、音中日に血がかよいだした。

「これは何か“おもろつまんなそう”なゲームができそうだぞ! 男か女かわからない君! ありがとう!」

 と言って、走って公園の出口に向かった。

 その子は、公園に一人残ったまま去っていく僕を指差して言っている。

「ボボブボボブボポブポボブーー!」

 聞いたことはないが恐らく熱のある擬音だ。

 久し振りに初めて渋谷に行った時の音の感覚だったのかもなぁ。


 謎の子供と別れて会社に向かって歩いてる時に考えた。

「まずは擬音探しだ」

 色んな擬音が聞こえてくる。

「ウィーーン!」

 工事現場の音。

「ワンワンワン!」

 犬の鳴き声。

「ガチャーン!」

 ガラスが割れた音。

 全部どこかで聞いたことがある音だ。

 会社まで歩いていたら一つは見つかると思っていたが、真新しい音は一つも見つからなかった。

「これは意外と難しいことなのかもしれない」

 そう思いながら少し足取り重く会社に戻ると、隣のデスクの前に人が立っている。

「はい! 音1分遅刻ぅ~! 休憩取りすぎ~!」

 先輩の山本さんだ。

 山本さんは僕が蛙定にパワハラをされてる時も相談に乗ってくれていたナイスガイ先輩だ。しかし、しっかり仕事をしない人には厳しい。

 昔、企画会議の10分前に考えた企画を出したら、

「10分前に考えたもん出すな。閃き待ちしているやつに閃きは生まれない。しっかり努力したやつにだけ閃きが急に生まれるんだよ。ハッ倒すぞ。ひき肉にすっぞ。コラ」

 実家がいまだにシンナー吸いヒューマンが蔓延る団地出身なので、とってもとても口が悪い。しかし、言ってることはすっごいすごい正論。ナイスガイな先輩だ。

 そうだ。山本さんに相談したら、何か良いアイデアをくれるかも。

 山本さんは味噌工場の赤字をゼロにするソフト「エネミーソ工場ゼロ」というアクション味噌アドベンチャーゲームを開発した実績もある方だ。

「山本さん。ちょっと相談があるんですけど……」

 と、話しだすと、山本さんは口を開いて、

「まず遅刻したこと謝れや。ハッ倒すぞ。ひき肉にすっぞ。コラ」

 山本さんはちょっとふざけてるようなテンションから、一気に真逆まで振り切ってパチギレるナイスガイな先輩です。

「1分遅れて申し訳ないです」

「次から気をつけてよぉ~」

 山本さんはパチギレからパチ戻りするのも得意です。

 大丈夫そうなので改めて聞いてみよう。

「山本さん。相談があるんですけど」

 今ギャンワアイランドを任されて、こういうゲームにしようと思ってるという旨を伝えました。

 そして、公園から会社まで歩いてきて何も擬音ができてないことも伝えました。

 すると山本さんは、

「公園から歩いて10分で閃くわけねぇーだろ。閃く努力を怠ってんじゃねぇーよ。ハッ倒すぞ。ひき肉にすっぞ。コラ」

 パチギレ。とても感情の起伏が激しい。

「山本さん。怠って申し訳ないです」

「次から気をつけてよぉ~」

「でもどうやって考えたらいいですかね」

「でも、じゃねぇーだろ。それ考えろって言ってんだろ。ハッ倒すぞ。ひき肉にすっぞ。コラ」

「でもとか言って申し訳ないです」

「次から気をつけてよぉ~」

「何個くらい擬音探したらいいですかね?」

「何でも聞くな。自分の案をまず出してから聞け。挨拶だってまず自分が名乗ってから相手だろ。人の頭脳だけ盗もうとすんな。ハッ倒すぞ。ひき肉にすっぞ。コラ」

 パチギレと戻りの連チャンに入りました。しかも最後のはけっこうパチギレてたなぁ。

 言ってることは正論なので、自分のしょーもない人間性にシュンとしてしまいます。

 すると、山本さんが続けてしゃべり出しました。

「数なんか決めずに探せるだけ探せや。できたやつ全部使えばいいだろうが。今までのシリーズは擬音4つだったから4つにしようとしてんじゃねぇーよ。桜庭和志がホイス・グレイシーとヴァンダレイ・シウバに同じ戦い方しねぇーだろ。敵の数だけ倒し方がある、擬音の数があるってことだろうが。固定観念捨てろ。ハッ倒すぞ。ひき肉にすっぞ。コラ」

 なるほど。今までのギャンワアイランドは敵に全部同じ擬音を使っていたけど、今回は敵によって擬音を変えて攻撃することにしたら良いのか。

 さすが山本さん。

「聞いてばかりで申し訳ないです。相談に乗って下さって、ありがとうございました」

「次から気をつけてよぉ~」

 と言って山本さんは去っていった。

「は、はうあぁー!!」

 山本さんと話してたら、山本さんのような人の擬音が閃いた。

「パギィジョ」

 山本さんはパチギレる。でも親身になって相談に乗ってくれるアディーレ法律事務所のような人。

 つまりパチギィーレ法律事務所。略してパギィジョ。聞いたことのない擬音だ。

 敵で山本さんのような感じの人を出そう。そして「パギィジョ」という擬音で倒す。

 これが僕流のギャンワアイランドだ。

 1つだけ心配なことがある。

 もしかしたら、山本さんが勝手にキャラとして使われてることに怒って「ひき肉にすっぞ。コラ」と言うかもしれない。

 そしたらこう言おう。

「ひき肉? やめて下さいよ。これは僕からの愛贔屓なんですから」と。

 う、うまみぃ~~!




気になる続きは、「小説現代」2022年12月号でお楽しみください!

布川ひろき(ぬのかわひろき)

1984年1月28日生まれ。北海道出身。漫才コンビ「トム・ブラウン」のツッコミを担当。「M-1グランプリ2018」の決勝に進出した。

登場人物紹介

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