〈5月14日〉 高岡ミズミ

文字数 1,162文字

リモート・ジェラシー


「そっちの業界もリモートワークってあるんだ?」
 自分の場合は飲食業なのでやむを得ず休業しているが、よもや久遠も自宅待機中だとは思いも寄らなかった。普段から若い組員が一日じゅう事務所にたむろする状況にあるのだから当然と言えば当然だが、やはり裏稼業と自粛というのはあまりに印象がかけ離れている。
『部屋住み以外は自宅待機で、うちの関連会社もすべて休みだ』
「あ、そっか」
 いまの状況に表も裏もない。特例なく自制、自粛で乗り切る以外、他に方法はないのだと納得する。
「じゃあ、沢木くんも――」
 自宅でおとなしくしているんだね、となにげなく水を向けるつもりだった和孝だが、視界に飛び込んできた光景に息を呑む。何度か目を瞬かせてみたものの、どうやら見間違いではないようだ。
 パソコンの画面に映ったグレーの上着。
「もしかして」
 和孝の予感は、直後当たった。
『コーヒー、ここに置きます』
 てっきり自宅でひとり過ごしているのかと思えば、そこには沢木がいて、久遠のためにコーヒーを運んできた。沢木の仕事は運転手にもかかわらず、だ。
「久遠さん、沢木くんと一緒なんだ。へえ……」
 沢木を呼ぶんだ、と皮肉めいた口調になるのはどうしようもない。茶くらい自分で淹れればすむだろというそもそもの不満もある。
『コーヒーを淹れてもらうために呼んだわけじゃない。仕事だ』
「いや、別に説明とかいらないし。沢木くんを優先するのは当たり前だろ?」
 心にもないことを言ったあと、苦い気持ちになった。これではまるで沢木に妬いているようではないか。
 きっと慣れない状況に焦るあまり口が滑っただけだ、そう自身に言い訳し、気恥ずかしさから顔をしかめる。
 ふと、久遠が片頬に笑みを浮かべた。
『今日は』
「5月14日だろ?」
『そうだな。5月14日だ。おそらくあと少しの辛抱だな』
 久遠の言うとおりだ。いまこうしているのは、あと少しすればまた日常が戻ってくるにちがいないと信じているためだ。津守と村方とともに仕事に勤しみ、たまに見かける沢木に律儀な奴と笑い、時折月を見上げつつスクーターで久遠宅へ通う、そんな日常に。
 頷いた和孝は、眉間の皺を解く。そして、いまの心情を表すのにふさわしい言葉をディスプレイに向かって投げかけた。
「愉しみだな」
 次に会ったときはなにを話そう。なにをしよう。言いたいことやりたいことはたくさんある。
 すぐそこにある未来へ思いを馳せながら、自然に口許を綻ばせていた。 


高岡ミズミ(たかおか・みずみ)
山口県出身。天秤座のO型。「VIP」シリーズ他、多数のBL作品を執筆する。

【近著】

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