『福猫屋』刊行記念!猫エッセイ「ねここんじゃく」②/三國青葉

文字数 1,873文字

心温まる優しい歴史小説が話題の三國青葉さんの新シリーズ「福猫屋」が開幕です。

第1弾は、『福猫屋 お佐和のねこだすけ』

その刊行を記念して、猫好きの三國さんがとっておきの「猫エッセイ」をよせてくださいました!

豆知識から三國さんのおうちの猫さんの話まで、なるほど、あるある、と膝を打つあったかエッセイ「ねここんじゃく」です!

〈猫絵の殿様〉/三國青葉




 小学一年の夏休みに母の実家へ帰省した折、祖母が親戚から蚕をもらって来てくれました。二十匹くらいいたでしょうか。新聞紙の上に置かれた桑の葉を白い芋虫が一生懸命食べています。三つ年下の従弟もちょうど帰省していましたが、彼は自分の手が届かない応接間のマントルピース(暖炉の飾り棚)の上に置かれた蚕が気になってしかたがありません。マントルピースによじ登って見ようとしたところ、誤って新聞紙を引っ張ってしまったため、蚕と桑の葉とその他もろもろを頭からかぶる羽目になりました。家中に響き渡った従弟の絶叫は今でも耳に残っています。


 桑の葉は毎日新鮮で乾いたもの(濡れていると蚕が病気になる)に取り換えていましたし、蚕が病気になるから触ってはいけないと固く言われてもいたりと、蚕がとても大切にされていたことが印象的でした。なにより、『蚕』なんて言わずに『お蚕さん』と呼ばれていましたから、特別な存在なのだなと子ども心に思ったものです。




 昔、生糸は中国から輸入されていました。その代金として金銀が国外に流出するのを避けるため、江戸幕府は養蚕と生糸生産を奨励しました。そして東日本の山間部で養蚕や製糸業が発達し、農家は副業として蚕を飼って生糸を作りました。養蚕は農家の貴重な現金収入源だったのです。


 しかし養蚕は、天候不順や蚕の病気など出来不出来の差が大きく、人々を悩ませました。その上ネズミという天敵もいました。ネズミは蚕の卵、幼虫、さなぎを食べてしまい、甚大な被害をもたらすのです。そこで養蚕農家ではネズミ退治のために猫を飼いました。ネズミ捕りが上手な猫は一匹五両~七両の値がついたそうです。荷物を運ぶ馬が一頭一両で買えたのでかなりの高値です。猫にそんな大金をかけられない家は猫の絵を買って蚕室に貼り、ネズミ除けのおまじないにしました。


 この猫絵、いろいろな人が描いていましたが、中でも一番人気があったのは、上野国新田郡下田嶋村(現在の群馬県太田市下田島町)に屋敷を構えた旗本、新田岩松氏の当主四代(温純〈あつずみ〉、徳純〈よしずみ〉、道純〈みちずみ〉、俊純〈としずみ〉)の手による『新田猫』でした。


 猫絵が描かれたのは十八世紀末から明治の初めにかけて。ネズミの害は新田義貞一族の怨霊のせいだとされていて、新田の血を引く殿様の猫絵はとてもご利益があると信じられていたのです。また新田家は参勤交代がある交代寄合〈こうたいよりあい〉格の旗本でしたが石高はわずかに百二十石。猫絵はお家の苦しい経済状態の大きな助けになっていたに違いありません。

 殿様の猫絵、なかなか味があります。

三國青葉(みくに・あおば)

兵庫県生まれ。お茶の水女子大学大学院理学研究科修士課程修了。2012年「朝の容花」で第24回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞し、『かおばな憑依帖』と改題してデビュー(文庫で『かおばな剣士妖夏伝 人の恋路を邪魔する怨霊』に改題)。幽霊が見える兄と聞こえる妹の話を描いた『損料屋見鬼控え』は霊感のある兄妹の姿が感動を呼んで話題になった。その他の著書に『忍びのかすていら』『学園ゴーストバスターズ』『学園ゴーストバスターズ 夏のおもいで』『黒猫の夜におやすみ 神戸元町レンタルキャット事件帖』 『心花堂手習ごよみ』などがある。

夫を亡くして塞ぎこむお佐和を救ったのは迷い猫だった。

彼女は恩返しに貸し猫の店を思いつき……。

江戸のペット事情を描く時代小説!


錺職人の夫を若くして亡くしたお佐和は仕事場を兼ねた広い家にポツンと一人取り残された。夫を追いかけたいと思うほど落ち込んでいたが、そこへ腹の大きな野良猫が迷い込む。福と名づけたその猫の面倒を見るうちに心癒やされ、お佐和は立ち直りを見せる。すぐに子猫が5匹生まれ、また、甥っ子の亮太や夫の兄弟子だった繁蔵もお佐和の家に立ち寄るようになり、お佐和の家はすっかり明るさを取り戻していく。そんなある日、繁蔵の長屋の大家から福に「ネズミ捕り」の依頼が舞い込む。江戸時代のペットショップ「福猫屋」が始まるきっかけだった……。

新シリーズ開幕記念!

初回限定 特製・猫しおりつき!

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