水の中には何がある

文字数 949文字

 私は体力も運動神経も壊滅的なくせに好奇心だけは強く、後先考えずにいろいろ試してみる習性があります。ずっと前に旅先で参加した一日スキューバダイビング体験もそのひとつ。水中メガネごしに見た景色の美しさと、空を飛ぶような浮遊感は、いまでも忘れることができません。しかし体質的に耳抜きがうまくできず、体は悲鳴を上げました。以来、私にとって水の中は「二度と行けない故に全力で想像する世界」です。
 今の時代、地球の表面は調べつくされ、Google Earthでどこにでもバーチャル旅行ができるようになりました。それに比べると、地中と水中は簡単には見ることができないため、自由に空想を膨らませる余地が残されているような気がします。
 科学的思考を獲得し、自分が世界の主人だと思い始めた人類が、海や湖の奥深くにひっそりと存在する「何か」に接触したら。その「何か」が、その時点での常識を覆してしまうようなものだったら。そんな妄想がむくむくと成長し、『水神様の舟』というファンタジー小説になりました。
 ファンタジーと銘打っていますが、この物語の世界に魔法はありません。かわりに「潜水」が特殊能力とされています。潜水能力を持つ人間はもともと希少な上、その中から厳しい試験と訓練によって選別された者だけが、高給取りの潜水隊員になることができます。彼らはエリートで、子どもたちの憧れの的です。
 体験だけでダイビングをギブアップした私にとって、潜ることはまさに特殊能力です。水の中で自在に行動できるダイバーのことを考えると、同じ人間なのにこれほど差があるのかと驚かずにはいられません。もしかしたら「魔法」という概念は、こうした驚きから生まれたものなのかも・・・・・・。
 書いている間は、主人公のセリを通して、私自身が水の中を泳ぎまわっているような感覚をずっと味わっていました。小さな思い出と大きな空想から生まれた物語を、体で感じていただけたら嬉しいです。



芳納 珪(よしの・けい)
武蔵野美術大学卒業後、商品企画などに従事し、現在はフリーランスとして活動中。小説投稿サイト「エブリスタ」に掲載された『天の狗』で作家デビュー。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み