新シリーズ  隅田川御用日記

文字数 1,684文字

 十八年前の二〇〇二年十二月に、私のデビュー作である『隅田川御用帳』の第一巻『雁の宿』を出版した。
 世は十一代将軍(いえ)(なり)の時代。深川にある縁切り寺『(けい)(こう)()』に駆け込んで来た女たちの苦境を調べ、寺入りさせるかどうかの判断を下す御用宿『(たちばな)屋』の女主人お()()と、用心棒の(はなわ)(じゅう)()(ろう)の話である。
 百組の夫婦がいれば、百通りの夫婦関係があり、百組の離縁があれば、その実態も百通りある。
 町人だけでなく武士も出会いと別れがあり、そこに事件性が絡んでいたりすれば、御用宿を営む人たちは命がけの仕事となる。
 実に様々な夫婦を書いてきたが、危機を迎えた夫婦を通じて、裏切りや憎しみ、喜びや幸せを、改めて再確認する話に仕立てている。
 互いに好意を持ち、この人とならばと結婚しても、一度や二度、別れたほうがお互いのため幸せだと考える時はある。
 そんな時に、それまでの二人の人生を振り返ることで、今一度夫婦の情愛を確認してほしい。そんな気持ちもあって書き継いできた。
 時には自分が創作している話なのに、胸に迫り涙をこぼすこともあるし、()()しくて書斎で一人、声を出して笑うこともある。
 縁切りの話ではあるが、縁を切ることよりも、夫婦の愛情を再確認してほしいという思いもある。
 また、慶光寺の主は先代将軍(いえ)(はる)の側室だった人で(まん)寿(じゅ)(いん)という美しい禅尼だ。
 そしてこの万寿院を慶光寺の主に据えたのが、先の老中首座(まつ)(だいら)(さだ)(のぶ)だ。今は隠居の身だが、慶光寺や橘屋を後見する重要な役目を担っている。
 私は松平定信のファンで、このシリーズでは、ここぞとばかり定信のかっこよさを書いている。
 寺役人には、十四郎の親友の(こん)(どう)(きん)()、この男は十四郎と違って、いい加減なところがある男だが、賢くて抜け目のない男より、女は魅力を感じるのではないだろうか。
 橘屋を支えているのは番頭の(とう)(しち)、小僧の(まん)(きち)、女中のお(たみ)、その他にも多彩な人員が、話の展開に興を添えている。
 書き継ぐこと十六年、二〇一八年九月に第十八巻『秋の蟬』で完結していたのだが、このたび第二のステージとして『隅田川御用日記』を出版することとなった。新たな出発である。
 この隅田川御用日記は、第一ステージの橘屋から五年が経過していて、橘屋をはじめ登場人物たちもそれぞれ成長している。
 その成長ぶりも読者の方に楽しんでいただけるし、新たにこれから、この物語にかかわる人たちにも注目していただきたい。
 『隅田川御用日記』第一巻の話は「五年目の秋」と「雁もどる」の二話である。
 これまで「隅田川御用帳」を読み継いできて下さった方も、はじめて縁切りの話に接する方も、是非楽しんでいただければと思っている。
 不思議なのは、デビュー第一作が二〇〇二年の十二月、そして新シリーズの第一巻が本年の十二月、何かの力を感ぜずにはいられません。



藤原緋沙子(ふじわら・ひさこ)
高知県生まれ。2002年、「隅田川御用帳」シリーズで小説デビュー。文庫書下ろし時代小説で絶大な人気を得る。代表シリーズとして「隅田川御用帳」があり、ほかにおもなシリーズでは、「渡り用人 片桐源一郎控え」(光文社文庫)「見届け人秋月伊織事件帖」(講談社文庫)「藍染袴お匙帖」(双葉文庫)、「橋廻り同心・平七郎控」(祥伝社文庫)、「秘め事 おたつ」(幻冬舎時代小説文庫)などがあり、近刊では、『へんろ宿』(新潮文庫)がある。’13年、「隅田川御用帳」シリーズで第2回歴史時代作家クラブ賞シリーズ賞を受賞。また、実話に基づいて書かれた『番神の梅』(徳間書店)が話題となった。

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