『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ/人間もまたメインテーマ(千葉集)

文字数 2,041文字

次に読む本を教えてくれる、『読書標識』。木曜更新担当は作家の千葉集さんです。

今回はアンソニー・ホロヴィッツの最新作『メインテーマは殺人』を取り上げてくれました。

書き手:千葉集

作家。はてなブログ『名馬であれば馬のうち』で映画・小説・漫画・ゲームなどについて記事を書く。創元社noteで小説を不定期連載中。

これは、わたしの物語なのだ。


『メインテーマは殺人』より

毎年、秋枯の落ち葉が冬のからっ風に吹かれる季節になると、ミステリ系出版社によるその年のミステリ本ランキングが発表されます。


なかでも『このミステリーがすごい!』(宝島社)、『ミステリが読みたい』(早川書房)、『本格ミステリ・ベスト10』(原書房)、『週刊文春ミステリーベスト10』(文藝春秋)の四誌はいつからか四大ミステリランキングと呼ばれていてそれぞれに独自の特色や傾向を持ちます。


これら四賞のトップを独占する作品はひとくせふたくせある識者たちを汎く満足させる、グランドスラム級のミステリ小説であるわけです。その四大ランキングを三年連続でかっさらったミステリ界の落合博満とでもいうべき男がいる。


それが、アンソニー・ホロヴィッツ。2019年度に『カササギ殺人事件』、2020年度に『メインテーマは殺人』、2021年度に『その裁きは死』(いずれも東京創元社)でそれぞれ海外・翻訳部門の四冠に輝きました。


そう聞くと、文学史に残る世紀の大文豪の超傑作と相対するようで気後れするかもしれません。が、ご安心あれ、あくまでエンタメ小説のランキングでの四冠です。気軽に気楽に読める。


ホロヴィッツは申し分ない愉しみを提供してくれます。興味深い謎、個性的な探偵、息もつかせぬ展開、巧みな伏線、ジャンル先行作や古典への深いリスペクト、複雑怪奇な人間模様、虚をつかれつつも納得できる解決……。


〈ホーソーン&アンソニー〉シリーズ第一作である『メインテーマは殺人』も、あなたの人生を変える一冊ではないかもしれませんが、少なくとも冬ごもりの怠惰なひとときを豊穣に彩ってくれる一冊ではあります。

 

物語の語り手はなんと作者ホロヴィッツそのひと。小説や映画脚本に追われる人気作家ホロヴィッツは、ある日、刑事ドラマのコンサルタントを務めていたダニエル・ホーソーンから「自分の本を書かないか」と誘いをかけられます。元刑事である彼は持ち前の推理力を見込まれ、退職後もロンドン警視庁から委託を受けて捜査に協力しているというのです。ちょうどそのときも、資産家の老婆が葬儀社を訪れ、自らの葬儀を手配した直後に殺される、という謎めいた事件の捜査に乗り出していたのでした。


唐突過ぎる申し出をいったんは断ったホロヴィッツでしたが、現実の事件を書くという魅力には抗えず、ホーソーンと手を組むことになります。

 

良識はあるけれど観察力の足りないワトソン役と、傍若無人だけれど推理力はずば抜けた探偵役の凸凹コンビ。探偵小説の古典的なパターンです。しかし、全十作構想のシリーズ第一作とあってか、ホーソーンは背景に秘密を多く抱え、読者にとってもホロヴィッツにとっても終始謎めいた存在でありつづけます。


むしろ、本作で掘り下げられるのはワトソン役であり作者自身でもあるホロヴィッツのキャラクターです。ヤングアダルト小説の著者として世界的な名声を博している彼なのですが、六十歳の峠が見え、それまでの読者層との距離を感じはじめています。


そこでホームズ続編やスピルバーグ映画を通じてキャリア的な脱皮を図ろうとするのですが、どうも思うようにいかない。


本来であれば、新境地に繋がるネタを持ってきたホーソーンは、渡りに舟といったところでしょう。しかし、気難しくて奔放なホーソーンは”作者”の手のひらになど収まらず、ホロヴィッツを悩ませます。ショービジネスや作家生活の虚実皮膜がユーモアとペーソスたっぷりに綴られ、ときにホロヴィッツ本人を情けなく描くこともいとわない。そんな体当たりな執筆がホロヴィッツという”キャラクター”のチャーミングさを際立たせます。


そして、「作家ホロヴィッツ」の出演はおそらく作品テーマ的にも重要です。


劇中では書くことや物語ることについて幾度となく言及されますし、本作でもシリーズ第二作となる『裁きは死』でも作家ホロヴィッツのダークサイドともいえる芸術家キャラが出てきます。そうした演出がシリーズを通じてどのような意味を帯びていくのか。ホーソーンとホロヴィッツのふたりは今後どう変化していくのか。


文庫450ページ弱をすいすい読める(なにより山田蘭訳のクオリティ!)気楽さの先に、案外人生を変えてくれるのドラマが埋まっているのかも。

『メインテーマは殺人』アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭 訳(東京創元社)

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