こんにゃく閻魔 ~「割れた目」と「地蔵の塩釜焼き風」~

文字数 2,436文字

まだまだ続く犯行現場(仮想)めぐり

「森鷗外記念館」周辺のロケハンを終え、第3の犯行現場(と、自分で勝手に設定した)「こんにゃく閻魔」へ。記念館の前から「団子坂」を不忍通りまで降りて、「団子坂下」バス停から「上58」系統の都バスに再び乗り込みます。


ここに来るまでも乗って来た路線だけど、ロケハンのために途中下車しましたからね。今度は終点まで乗ります。次の目的地に行くにも、それが都合がいい。


「不忍通り」の名前の通り、この道は「不忍池」の脇を走ります。池の傍を離れて、「春日通り」に至ってもまだ直進。あれ、こんなルートを通ったんだっけ? 久しぶりに乗ったら忘れてたなぁ、と思ったら、次の細い一方通行で左折。「上野中央通り」に出てまた左折。「上野松坂屋前」バス停で終点となりました。

バスを降りるとすぐ、目の前の「春日通り」を渡って「上野広小路」バス停へ。こんなに近いけど一応、停留所名が違うんですね。「上69」系統に乗り換えます。これは最初、「上58」系統に乗る時にも利用した「早稲田」バス停や、「高田馬場駅前」なんかも通って「小滝橋」まで行く路線。


ただし今回も終点までは乗りません。湯島から坂を登り、地下鉄丸の内線の「本郷三丁目」駅前なんかを抜けて、今度は坂下り。峠越えをした感じで、「春日駅前」で下車します。「こんにゃく閻魔」に行くには、ここが一番いい。

さて永井荷風の『日和下駄』ではこうあります。

「小石川の富阪をばもう降尽くそうという左側に一筋の溝川がある。その流れに沿うて蒟蒻閻魔の方へと曲がって行く横丁など即その一例である。」


東京市中の「廃址」、つまり「廃れた建物」についての記述で、荷風は何ということもなくそういうものに惹かれる、とつづっているわけで、この頃から「廃れていた」建物なら今はもうないだろうとしか思えないけど、まぁ「溝川」の跡くらい探してみたいじゃないですか


地図で「富坂を降り尽くそうという左側」を見てみると確かに一本、細い路地が伸びている。これだ! と思い定めて行ってみました。

この道が川の跡です! たぶん。知らんけど。突き詰めないのがブラブラ旅?

「こんにゃく閻魔」こと「源覚寺」は「千川通り」(都道436号)沿いにあるんだけどその一本、西側の路地。「春日通り」との分岐点は何てことのない普通の一方通行だけど、これが荷風の言う「溝川」の跡なのに違いない。「源覚寺」の裏を通ってますし、ね。「こんにゃく閻魔の方へと曲がって行く」という表現にもぴったり、合う。


通りに入ってちょっと行くと、左側にはなるほど古そうな建物が並んでいた。

おまけに道が左右に緩やかにカーブしてて、いかにも「元川」っぽい。やっぱりここだなぁ、と思いつつ道沿いに歩いてたら、文京区立の「礫川(れきせん)地域センター」という施設を見つけた。

ほらほらやっぱり川じゃん、と思ったんだけど、家に帰って調べたら「千川」の別名は「小石川」と言って、地名の元にもなった流れ。その名の通り小石が多かった川らしく、「礫川」とも書いたんだって。だからこのセンター名は溝川から取られたんじゃなく、「千川」の別名だったんですね。近くに同じ名をとった小学校や、公園もあることが分かった。



だからまぁ、「絶対この路地が川!」と確信はできなかったものの、この位置関係と言い、緩やかなカーブと言い、荷風が書いているのはまずここのことでしょう。「千川」そのもののことを書くのなら「溝川」なんて表現するのはおかしいし、きっと細い溝でも昔ここにあったんでしょう。

こんにゃくと塩で作れる料理、ありますか?

てなわけで、まぁここだろう、というものを見つけてロケハンは終わり。せっかくなんで「こんにゃく閻魔」にお参りして帰ることにします。


江戸時代、目を患った老婆がこの寺の閻魔堂にお参りしたところ、夢の中に閻魔大王が現われ、「私の両眼の内、一つを貴女に差し上げよう」とのお告げがあった。満願の日に本当に目が治ったので、老婆は感謝して好物の蒟蒻を断ち、お供えを続けた。だからここの閻魔様は本当に、右目部分が割れて黄色く光っているのだそうです。


行ってみるとお堂の前には大量の蒟蒻がお供えしてありました。やっぱり今も庶民は何かにあやかりたい、と願うものなんでしょうね。

笑ったのが同じ境内に「塩地蔵」というのもあって、もうお地蔵様だか何だか分からないくらい塩まみれになっていたこと。お身体に塩を塗ってお参りするとご利益がある、というけれど、これじゃいくら何でもやり過ぎでしょう(笑)。巣鴨の「とげぬき地蔵」の観音様も、先代の像は参拝者がタワシで磨き過ぎて、顔だか何だか分からないくらい擦り切れていたものなぁ。


何とか救われたい、という人間の業を垣間見たようなロケハンでした。

次回は文京区を離れ、新宿区の牛込地区を徘徊します。

※掲載の地図は国土地理院のものを加工しています。出典:国土地理院ウェブサイト(https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1)

書き手:西村健

1965年福岡県生まれ。東京大学工学部卒業。労働省(現・厚生労働省)に入省後、フリーライターになる。1996年に『ビンゴ』で作家デビュー。その後、ノンフィクションやエンタテインメント小説を次々と発表し、2021年で作家生活25周年を迎える。2005年『劫火』、2010年『残火』で日本冒険小説協会大賞を受賞。2011年、地元の炭鉱の町大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で(第30回)日本冒険小説協会大賞、(翌年、同作で第33回)吉川英治文学新人賞、(2014年)『ヤマの疾風』で(第16回)大藪春彦賞を受賞する。著書に『光陰の刃』、『バスを待つ男』、『目撃』、「博多探偵ゆげ福」シリーズなど。

西村健の「ブラ呑みブログ (ameblo.jp)」でもブラブラ旅を連載中!


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