十一月◎日

文字数 3,929文字

1日1冊、3年で1,000冊の本を読み、月産25万字を執筆し続ける小説家・斜線堂有紀。


謎めいた日常はどのようなものなのか――

その一端が今ここに明かされる。


毎月第一・第三月曜日、夕方17時に更新!

夕暮れどきを彩る漆黒の光・”オールナイト”読書日記が、本日も始まる。

前回の日記はこちら

十一月◎日



 『楽園とは探偵の不在なり』の文庫版が発売された。これを記念し、同日に新作SF短篇集『走馬灯のセトリは考えておいて』を刊行した柴田勝家殿とのトークイベント「SF×ミステリ戦国時代 “池袋の乱” 柴田勝家さん×斜線堂有紀さんトークイベント」が12月10日ジュンク堂書店池袋本店さんにて開催される。このイベント、かなり勝家殿要素が強い名前じゃない!? と思ったところだが、何しろ2022年は〝祝・柴田勝家(武将)生誕500周年〟のメモリアルイヤーだから仕方がない。このキャッチを聞いた時、素直に「ず……ずるい!」と思ってしまった。私も同名の武将の存在が欲しい。斜線堂家。




 それはさておくとして、今回出た柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』は傑作短篇集である。信仰というものが実際の質量を持つ(つまり、箱の中に自分の信仰しているものが入っている場合、中身が分からなくても重く感じる)としたクランツマン実験を描いた「クランツマンの秘仏」や、正月恒例行事の福男をオンラインで選ぶ試み「オンライン福男」など、私の大好きな短篇が入っている上に、極めて魅力的なタイトルをつけられた表題作が書き下ろしなのだ。




 この物語はかつて一世を風靡した黄昏キエラというバーチャルアイドルが、中の人の死に際してラストライブをする……という内容である。それを実現させるのは、生きていた頃の彼女を記録した膨大なライフログであった。




 今ですら美空ひばりのAI歌唱などで実現している「デジタル死者蘇生」だが、正直なところ私はこの技術が恐ろしかったりする。だって、ライフログによって蘇った自分が、死後に小説を書いていると考えたら……やっぱり嫌だな、と思う。




 そんな私の懸念は作中でも触れられていて、物語の焦点となるのはまさに蘇らせられた死者と本物の違いであったりする。一体その二つを分けるのは何なのか。死後に作られた偽物をよすがとすることの是非は。これから更に向き合わなくてはいけないそのテーマに対して、この物語は希望に満ちた答えをくれる。こんな未来が来てもいいよな、と思わせてくれるSFは眩しい。




 ちなみに、私が一番面白く読んだのは、バグ塗れの伝説のクソゲーに挑む男の姿を描いた『姫日記』である。元になった「戦極姫 ~戦乱に舞う乙女達~」というゲームのことは知っており、その迷作ぶりをネタにした記事などを見ては笑っていたものだが、それを実際に小説という形で描くと混沌の中にちゃんと悲劇が立ち上がってくるのである……。単にクソゲーって断じてごめん。ゲームのキャラクターを人工生命として捉えた時に見えてくるものがあるのだ




 そんな柴田勝家殿とのトークイベント、是非来てくださいね。(https://online.maruzenjunkudo.co.jp/products/j70019-221210)




 



十一月/日



 何かを突き詰めている人間が好きなのかもしれない……と、ホモサピ『地球は食べ物 いきもの獲って食べてみた日記』を読んで思う。ホモサピというのは、私が最近ハマっているYouTuberである。どんな内容の動画を投稿しているかというと……書名の通り、色んないきものを獲って食べてみる動画だ。ここまでオブラートに包んだのだから、色んないきものがどんなものを含むかを想像してほしい。とはいえ、世間一般ではゲテモノと呼ばれるものであっても、ホモサピは丁寧に調理し美味しくかつ安全に食べて、食べた後は食材にきっちりと感謝をする。食べて危険な生き物はどうして危険なのかを解説してくれるので、為になるのだ。単に面白半分でやっていないその姿勢が好きで楽しく観続けている。




 この本では子供向けに生き物の解説をしながら、ホモサピ自身がどんな人生を送ってきたかを綴っている。生き物好きだった子供時代、図鑑を模写して理解を深めていく過程……。興味深いなと思ったのは、小さい頃の彼が生き物を愛しながらも、その毒や菌、寄生虫が怖くて眠れないくらいの子供であったという点だった。心配性ですぐに死を連想し、土を弄れば破傷風に怯える子供だったからこそ、彼は過剰に知識を求めた。その結果、彼は自信を持って生き物と触れ合えるようになったのだという。




 これを読んだ時、全てのものはそういうところがあるよな……と思ったのだ。怖くてわからないから調べるし、調べてわかったら怖くなくなって好きになる。それの一番純粋で過激な例がホモサピなのかもしれないのだ……。




 これを読んでホモサピに興味を持った方は、まずこの本から入ってほしい。全く茶化していない、かなり真面目な動画であっても、初見のショックっていうのはあるものなので、本当に!



 



十一月Δ日



 キム・リゲット『グレイス・イヤー 少女たちの聖域』のプルーフを頂いたので読む。このプルーフには一冊一冊に赤いリボンが掛けてあって「なんと手の込んだプルーフだ……」と感動しつつ、なんで赤いリボンを? と不思議に思った。そして読み終えた後、小説の中で赤いリボンが持つ役割を知って「なんてことをするんだ」と噛みしめた。厳しいことは重々承知だけれど、書店でも赤いリボン掛けてあるバージョンを売ってほしい……と思ってしまう。(プルーフの赤いリボンは誰が掛けていたのだろう?)




 内容は、グレイス・イヤーという謎の風習が行われているディストピアである。十六歳になった女性は『魔力』を消失させる為、例外なく荒野に送られる世界。送られた荒野には彼女達を狙う密猟者がおり、粗悪な住居ではまともな生活すらままならない。たとえ生きて帰れたとしても、男の所有物としての妻となり生きていくしかない。この地獄の特徴的なところは、誰もグレイス・イヤーというものについて語ることが出来ないところだ。グレイス・イヤーを語ることが禁じられている為、女性達は何の備えも無く苦しみの一年を強いられる。生き残った女性が生き延びる術を次代の女性に伝えることすら出来ない




 その状態で何が起こるかといえば、本来は同じ虐げられる側である女性達の中での虐待の連鎖が始まるのである。荒野の中でも序列が生まれ「死ぬべき女」が作られる。この構造は示唆的だ




 語られないが故に抵抗することも出来ない忌まわしき行事グレイス・イヤーの行方を追っていくにつれ、作者の書きたかったテーマが浮き彫りになっていく。




 こうした息詰まるディストピア描写や差別描写の中に、女学生ものの読み味やハードなサバイバル小説の読み味が差し挟まれていて一気に読み進めさせられる。『侍女の物語』×『蠅の王』のキャッチコピーは上手い……と思わされる。なるほど。



 




十一月。日



 文藝2022冬号で安堂ホセ『ジャクソンひとり』を読む。外見的特徴から職場で流出した過激な動画に映っている人物と疑われたジャクソンは、その動画を知る三人の男と出会う……という物語なのだが、偏見に鋭く切り込んだ内容もさることながら、その書き方も面白かった。最初の部分を読んだ時、正直かなり読みづらくて戸惑ったのである。視点人物が定まらず、ころころと話が入れ替わる。一体どうしてこんな書き方を……? と思っていたら、物語が「雑な認識故に他者から見分けられない男達」を描く展開になっていて膝を打った。なるほど、だからこうなっているのか、と。選評では意図的なものか分からない、とされていたけれど、私は恐らく意図的なものだと思う。前の読書日記で『ザ・メニュー』を語る際に映画でしか出来ない表現について触れたけれど、小説でしか出来ない表現もあるよな……とこの作品を読んで改めて感じた。




 内容は見分けづらい外見の所為で不利益を被る男達がそれを逆手に取って復讐を仕掛けていくというものなのだけれど、からっと明るい文章の中には浸食するような絶望があって、苦しい気持ちにさせられた。エンターテインメントと問題意識を軽やかに混ぜ合わせる手つきは、文藝賞らしいな……と思う




 ちなみにさっきの『ザ・メニュー』だが、阿津川先生もきっちりと観に行って無事に気に入ってくれたようだ。この人は好きだろうな……と思って薦めたものがちゃんとツボに入ってくれると嬉しい。読書日記もそれがモチベーションである。




 今回は少し短くなってしまったけれど、本当はもっと紹介したい。何か良い方法は無いか……そもそも時間の使い方を見直した方がいいのではないか……と日々考えている次第である。



 

『あなたへの挑戦状』(阿津川辰海・斜線堂有紀)大重版が書店へ展開中!


次回の更新は、12月5日(月)17時を予定しています。

Written by 斜線堂有紀 

小説家。2016年、第23回電撃小説大賞にて“メディアワークス文庫賞”を受賞。受賞作『キネマ探偵カレイドミステリー』でデビュー。著作に『詐欺師は天使の顔をして』(講談社)、『恋に至る病』(メディアワークス文庫)、『ゴールデンタイムの消費期限』(祥伝社)などがある。2021年、『楽園とは探偵の不在なり』(早川書房)が本格ミステリ大賞にノミネートされ、注目を集める気鋭の書き手。

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