世間を騒がすカルト教団「心を奪い、カネを奪い、家族を壊す!」

文字数 2,071文字

「カルト宗教禍」は予言されていた⁉ 

洗脳、献金要求、政治との癒着……カルトは何も変わっていない⁉

「木枯し紋次郎」役で知られる俳優にして、国際小説のベストセラー作家でもある中村敦夫氏。氏は約30年前に書いた小説『狙われた羊』において、金儲けに邁進し、家族を破壊するカルト教団の真の姿を余すところなく描いていた。

今こそ読まれるべき問題小説、緊急文庫化!

「三〇年後の再販」 中村敦夫

歴史に残る大文豪の作品でもないかぎり、初版から三十年も経って再販というのは、まずあり得ないできごとだ。そのあり得ないハプニングが、作家もどきの私の身に起きた。

引き金は、政界に君臨してきた元首相が、街頭演説の最中に射殺されるという、これまた通常ではあり得ない事件が起きたことだ。


事件の遠因は、元首相が、反社会的な言動で有名な某宗教団体の広告塔となってきたことにある。この団体の熱心な信者だったある家族の母親が、巨額の献金を強要され、一家は破産し、身内からは自殺者も出た。将来を奪われた息子の一人が、怨恨を動機として凶行に及んだのだ。


一九九三年の初夏、マスコミでは、この団体が打ち上げた奇妙でケバケバしい花火の話題で持ち切りだった。花火とは、合同結婚式のことである。メシアを名乗る韓国人教祖が、国籍もバラバラ、見ず知らずのカップルを何百組もマッチングするというのだから、ちょっとした騒ぎになるのは当然だ。


そんなある日、私はたまたま某局のワイドショーにゲスト出演していて、この儀式についての感想を求められた。この団体については興味を持っており、批判的なジャーナリストや宗教学者たちの主張にも目配りしていたので、知っている範囲内で意見を述べた。


数日後の夕方、門前に群がっていたマスコミの記者たちが、帰宅した私を取り囲んだ。私が例の団体から、名誉毀損で刑事告訴されたと言う。民事裁判なら、法廷で原告と被告が論戦するので、いかがわしい教義が丸裸になる。


だが、刑事告訴なら、検察がバカバカしくて取り上げない。案の定、結果は不起訴になった。つまり、刑事告訴は、批判者を黙らすための脅しに過ぎなかった。


七〇年代初頭までは、日本の社会運動の思想的主流は左翼で、大方の知識人、学生や労働者の指示を得てきた。


だが、高度成長からバブルへ向かう道程で、人々の生活内容が変わり、人心にも変化が起きた。労働組合を先頭にした左翼勢力の中枢は崩れ、全共闘の敗北で学生運動も消えた。左右の垣根さえ不明瞭になり、各界のリーダーたちは掲げる旗を見失った。経済成長至上主義だけが幅を効かし、腐敗が蔓延し、倫理が軽視された。社会の各層に連帯の絆がなくなり、若者や主婦層は、孤独と不安の大河に突き落とされた。人々は、無意識に、新しい掟を探していた。


カルトが忍び込む絶妙の環境が育ち始めていたのだ。私がこうした雰囲気を察知したのは、あちこちの駅前広場や大学の構内で黒板を掲げ、常軌を逸した熱情で、支離滅裂な伝導を展開する若者の集団を目撃するようになったからだ。彼らの勧誘は強烈で、気の弱い男女はやすやすと取り込まれ、やがて霊感商法の前線へと駆り出されていった。


元首相の暗殺事件がきっかけで、このところのマスコミでは、問題の団体の実像が暴露されたり、関係する政治家たちが追及を受けたりしている。

 

コメンテーター達も様々な見解を披露しているが、中には気になる部分もある。

それは、「政治」と「宗教」の二大テーマを前面に押し出し、アクロバティックで大げさな議論をでっち上げ、最後は皆でうやむやにしてしまうというゲームが繰り返されることだ。これに「信教の自由」などが加わると、話の範囲は無限大になり、収拾がつかなかくなる。


はっきりさせるべきは、問題はそんな高級なレベルの代物ではないということである。

私がこの小説で描いたのは、次々と仮面をかえて金儲けに突進する詐欺団体でしかない。マインドコントロールによって信者を無賃労働者に仕立て上げ、カモを見つけては他者の財産を巻き上げる

「なぜ人はこうもやすやすと操られるのか?」この疑問が三〇年前の私にこの小説を書かせた。


再販を機会に、風俗描写を現代風にアレンジすることも考えたが、読者をレトロな昔に引き込んだ方が、よりリアリティーが増すのではと考え直し、手を加えないことにした。


(『狙われた羊』文庫版あとがき「三〇年後の再販」より)

中村敦夫(なかむら・あつお)

1940年生まれ。東京外国語大学中退後、演劇の世界に身を投じる。テレビ時代劇「木枯し紋次郎」で主役をつとめ、一躍人気俳優となった。作家、キャスター、ジャーナリストとしても活躍。政界にも進出し、参議院議員を一期つとめた。近年は、同志社大学大学院総合政策科学研究科で講師となるなど、政治や環境問題、カルト宗教の問題などについて旺盛な評論活動を行っている。『チェンマイの首』(講談社文庫)、『朗読劇 線量計が鳴る』(而立書房)など著書多数。

中村敦夫公式サイト[monjiro.org]

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