第72回

文字数 2,450文字

暑すぎる夏が逝き、そろそろ秋でしょうか?


中途半端な気温でひきこもりにとって、エアコンの設定がわからなくなる困った季節。


キノコ生えるお部屋の底で、奇声をあげながらインターネットのみんなで輪になって踊る。


脳内とネットでは饒舌な「ひきこもり」の代弁者・カレー沢薫がお届けする、

困難な時代のサバイブ術!

先日我が村で、コロナワクチンの集団接種のweb予約が行われたのだが、開始30分で満員となり、見事敗退した。


我が地元の箱がこんなスピードで埋まることなどまずない、完全にワクチンという名の世界的ロックスターである。


そんなわけで未だに予約すらできていないのだが、逆に私が予約を取ることにより、外で活動する人が一人打てなくなった、という方が問題な気がする。


大昔にオタク女3人でラブホに泊まりに行ったら我々の時点で満室となり、後に来たカップルがタッチの差で入れず帰って行ったということがあった。

これも「本当に必要としている人に譲れ」という話かというとそうではない。


何故なら意外なことにオタクも、「屋根がある部屋での睡眠」を必要としているからである。

オタクといえば何らかの列に深夜から並んでいたり、常に夜バスからツイートしているので、屋根やベッドを必要としない生き物と思われがちだが、割と必要である。


むしろオタク3人が外で寝ていた方が、景観の喪失、治安の悪化など、周囲に与える影響が甚大なので「隔離」という意味でも部屋が必要なのだ。

しかもそのあと「ラブホ女子会」がはやり、ホテル側からも歓迎される存在であると実証された。むしろオタクの集まりは、ローションを使わないだけ掃除が楽という説まである。


ではそれと同じように、無職のひきこもりでも意外にワクチンが必要かというと、少なくとも優先度は落ちると思うので、やはり早急に必要としている人が先に打った方が良いと思う。


このように、打ちたくても打てない人が多いのが現状のようだが、そもそも打ちたくないという人も少なからずいるようだ。


反ワクチンというとうさん臭く聞こえるかもしれないが、ワクチンが怖いという人から見れば、国に「これでコロナに勝つる」と言われただけで、何の疑問も持たず体に針を刺し、謎の薬物を注入されている人間の方がどうかしているのだと思う。


コロナが現れてから1年半、その間に様々なコロナデマが生まれた。

今思えば荒唐無稽な話も多いのだが、ちょっと前まで大真面目にコーラで洗っていた我々である。1年後にはワクチンが全くの無意味だったと判明し、みんな頭にキャベツを載せているかもしれない。

ワクチンが危険という根拠はないが、100%安全という根拠もないと言えばない。ワクチンを打ちに行く途中に強盗に遭い、帰りにも強盗に遭ったら「ワクチンを打ちに行かない方が安全だった」という話になってしまう。


おそらくワクチンを打つのが怖いという人は、ワクチンを打つことで逆に体に変調を来したり、往復強盗に遭う「想像」をしてしまったのではないかと思う。


その想像が正しいとは限らず、行きすぎると妄想になってしまったりするのだが、世で起こる炎上の原因は「これを言ったら人々が血相を変えて怒るのでは」という「想像力の欠如」によって起こると言われているので、全く想像しないというのもやはり問題なのである。


ただ、想像というのは、いろんな方向からしてみないと意味がない。

最低でも、ワクチンを打つ途中で強盗にあう可能性、または打つ人間がホッケーマスクをかぶった巨漢である可能性、そしてワクチンを打ったことでコロナに罹りづらくなるという可能性を想像した上で打ちに行っている人も多いとは思うが、一つの可能性しか想像しなければ、出場選手が一人しかいないので自動的に金メダルになるのと同じように、それがたった一つの真実になってしまう。


何も想像せずに打ちに行ったという人も、今回は大丈夫でもいつかは「ちょっと考えたらわかるだろ!」と怒られる可能性が高いので、やはり想像するというのは大事である。


ひきこもりというのは己の想像力との戦いである。

何故なら、対話相手が己の脳内とインターネットしかないのだ。

年月を重ねることにより「壁のシミ」が、会話相手としてログインしてきたりもするのだが、そこまで到達できるのは一握りしかいない。


ネットも様々な意見を集められるように見えて、実は自分と同意見を探してしまっているので「実質一人」であり、一人だと「一方向の想像」しかしなくなってしまう場合が多く、そうなるとネットは己の想像を強化するツールにしか過ぎなくなる。


よってひきこもりは、脳内にポジティブな想像をするAさん、ネガティブなBさん、そして寺生まれのTさんなど、様々な人格を作り上げる必要がある。


しかし、想像力を働かせすぎても問題がある。

「様々な可能性を想像し検討した結果」というのは「何もしない」になりがちだからだ。

想像力が豊かなタイプは物事を脳内で完結させがちなので、恐ろしくケツが重い場合が多々ある。


よって、想像も大事だが「これはあくまで想像である」ということに気づく力も大事ということだ。


このように、ひきこもりというのは、一人でやらなければいけないこと考えなければいけないことが非常に多い。

そして脳内会議の結果「頭にキャベツ」という結論に達しても、それを諫めてくれる人もいない、ということは肝に銘じておく必要がある。

カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。長州出身の維新派。漫画作品に『クレムリン』『アンモラルカスタマイズZ』『ニコニコはんしょくアクマ』『やわらかい。課長 起田総司』『ヤリへん』『猫工船』『きみにかわれるまえに』。エッセイに『負ける技術』『もっと負ける技術』『負ける言葉365』『猥談ひとり旅』『非リア王』など。現在「モーニング」で『ひとりでしにたい』連載中&第1巻発売中。最新刊『きみにかわれるまえに』(日本文芸社)も発売中

★次回更新は9月17日(金)です。

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色