小説家は名探偵より先に解く

文字数 1,301文字

 本格ミステリーの書き手のスタイルは色々ある。トリックから舞台装置を逆算する作家。最後を決めずに書く作家。精密な設計図を全て引いてから書く作家。
 私はどうやら、シチュエーションを先に考えて、解決は後から考えるタイプらしい――そう痛感させられたのは、この『星詠師の記憶』を書き上げた時である。実のところ、私はこの作品の解決も、犯人も、しっかりとは決めずに書き進めたのだ。
 もちろん、大まかなイメージはあった。未来を予知する水晶のイメージと、それを利用した犯罪。舞台となる研究施設、研究員の来歴を長いスパンで描くために昭和を書くことになるので、昭和ミステリーへの憧憬を込めようと思った。念頭にあったのは、鮎川哲也のアリバイ崩しミステリーである。絶対に崩れないと思われる堅固な壁を、地道な捜査と、入念な検討によって、少しずつ解きほぐしていく。一つ解決すると、次の壁にぶつかる。最後の最後には、鬼貫警部の論理が真犯人の思惑に届く。鮎川哲也のアリバイにあたるのが、この『星詠師の記憶』では、「その人物が犯人としか思えない映像」ということになる。また、中盤に変化をつけるのも、横溝正史の金田一耕助が「僕は岡山に行ってきますよ」と言い出すシーンを意識している。設定を詰める中で様々な化学や天文学の知識をノートにまとめたりもした。
 しかし、それでも細部は見えておらず、果たしてこの長編が本当に完成するのか、私にも分からなかった。細かいところでは「〇〇〇の手掛かりで犯人が分かる」と、プロットには書いた。これは打ち合わせの段階でも担当編集から褒められたアイデアだが、なぜ「〇〇〇」で犯人が分かるのかは、私にはこの時分かっていなかった。ただ、未来予知という設定を突き詰めていった時、最も不条理で、不可解で、ゾクゾクする謎が「〇〇〇」という現象だったので、それをプロットに書いたに過ぎない。
 だが、実際に書き進めて、石神赤司と青砥の兄弟、そして彼らを取り巻く人々の人生を展開していったとき、私には初めて、犯人がなぜ、この時「〇〇〇」したのかが分かったのだ。作中の探偵とほとんど同じタイミングで、私にも犯人が分かった。私にとっては、書くという行為が、頭の中で漠然と展開していた「やりたいこと」のイメージと、登場人物たちの行動や心理との粒度を擦り合わせていく行程になっているのだと思う。
 本格ミステリーを書くのに、もっと効率の良い方法はあるだろう。ただ、私はどうしようもなく、その日の自分には解けない謎を設定しておいて、未来の自分を悩ませるのが好きらしい。過去と未来の因果を巡る作品で、私はそれに気づかされた。
謎が解けた時の感動も相まって、この長編は私の自信作となっている。



阿津川辰海(あつがわ・たつみ)
1994年、東京都生まれ。東京大学卒。2017年『名探偵は噓をつかない』が光文社の新人発掘プロジェクト「カッパ・ツー」の受賞作に選ばれ、デビュー。作品に『紅蓮館の殺人』『透明人間は密室に潜む』『蒼海館の殺人』がある。

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