〈8月5日〉 一穂ミチ

文字数 2,365文字

(たま)ねぎちゃん


 わたしを()()くものたちは(おお)きくふたつに()けられる。「()(よう)()(きゅう)」と「それ()(がい)」だ。バレエのレッスンもスイミングスクールも「()(よう)()(きゅう)」、(あおい)ちゃんちでマフィンを()くのも、陽菜(ひな)ちゃんとアイスを()べに()くのも。学校(がっこう)()くのは「()(よう)()(きゅう)」だけど(べん)(きょう)は「それ()(がい)」だからプリントは(やま)ほど……おかしくない?
 (うれ)しかったのは、パパと()わなくてよくなったこと。(つき)(かい)(とう)(きょう)から(しん)(かん)(せん)()ってやってくるパパと(あそ)ぶのが、最近(さいきん)面倒(めんどう)くさくなっていた。「学校(がっこう)(たの)しいか」とか「()()びたな」とかいつも(おな)(はなし)をするし、わたしがネイルやグロスを()ったりしていると(こま)ったような(へん)(かお)をするし、「動物(どうぶつ)(えん)(くさ)いから()きたくない」と()うと(かな)しい(かお)をした。六(ねん)(せい)にもなって動物(どうぶつ)(えん)とか、センスなさすぎ。でも「どうしてもパパと()わなきゃだめ?」と()くと、ママは(ちょう)(おこ)る(だったら()(こん)なんかしなきゃいいのに!)。
 そんなわけで、お(はな)()時季(じき)もGWもパパと()わずに、友達(ともだち)先生(せんせい)にも()わずに、()(たく)(きん)()のママと()きこもっていた。そして()(あし)(つめ)を三(しょく)()()けたり、ママのオンライン(かい)()(ちゅう)にメイク(どう)()をこっそりいじったり、結局(けっきょく)は「()(よう)()(きゅう)」の(あそ)びで(なが)(ひま)をつぶした。(ぜん)(ぜん)()()わない()()なマットリップを()った(くちびる)は、わたしじゃない()(もの)みたいだった。(かがみ)(まえ)で「ふようふきゅう」とつぶやくと、(あか)(くち)ももぞもぞ(うご)いた。
 バレリーナにも水泳(すいえい)選手(せんしゅ)にもなれないけど、バレエやスイミングが()きだった。でも、そんなわたしの()()ちとは関係(かんけい)なく「()(よう)()(きゅう)」のハンコを()されてしまって、(もと)どおり(なお)(ごと)(かよ)えるようになってもきっとそのハンコは()えない。(かがみ)(なか)()(ぶん)は、とてもつまらない(おんな)()()えた。
 ある(ばん)(ゆめ)()た。()(ぶん)(たま)ねぎになってどんどん()かれていく。これは()(よう)()(きゅう)、これも()(よう)()(きゅう)……次々(つぎつぎ)()()られて(ちい)さくなるので「やめて」と(さけ)んだ。(ぜん)()なくなっちゃうじゃん。()()めるとじっとり(あせ)ばんでいた。
 翌日(よくじつ)はパパとSkype(スカイプ)でしゃべる()だった。
(なつ)(やす)みも()いに()けそうにないなあ』
 パパがそう()った(しゅん)(かん)、わたしはなぜか()()してしまった。
「パパに()いたい」
 するとパパはまた(こま)ったような(かお)になって「もう(すこ)しの()(まん)な」と(やさ)しく()った。
『だから、あんまり(いそ)いで大人(おとな)にならないでくれよ』
()(よう)()(きゅう)ってこと?」
『あはは』
 パパの()(がお)(ちか)くて(とお)いから、わたしの(なみだ)はますます()まらない。でも、(かな)しくはなかった。


一穂ミチ(いちほ・みち)
2008(ねん)(ゆき)(りん)()()のごとく』でデビュー。ボーイズラブ(しょう)(せつ)(ちゅう)(しん)活躍(かつやく)している。著書(ちょしょ)に『(りん)()(あま)いか()っぱいか』『イエスかノーか半分(はんぶん)か』「新聞(しんぶん)(しゃ)」シリーズほか()(すう)。「(しょう)(せつ)現代(げんだい)」6・7(がつ)合併(がっぺい)(ごう)掲載(けいさい)された最新(さいしん)短編(たんぺん)「ネオンテトラ」が()(だい)

近刊(きんかん)

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