大門剛明『反撃のスイッチ』

文字数 1,160文字



【スターマリオ】

『反撃のスイッチ』は完成までに最も長く時間がかかった作品だ。面白くしようと試行錯誤を繰り返しているうちに、最初の頃とはまるで違う話になった。ただし一貫して変わらなかったこともある。それはスターマリオという言葉の存在だ。

「スーパーマリオ」のゲーム中、マリオがスターを取って無敵状態になることだが、この物語では少し意味合いが違っている。

 失うものがなく、心の歯止めが利かなくなった犯罪者のことを無敵の人と呼ぶことがある。社会を恨み、自暴自棄になって犯罪に走る無敵の人をどうするか、などと言われる。だが本作に出てくる原沢という超富裕層は彼らを無敵の人ではなくスターマリオと呼んだ。こういう連中など恐れることはない。無敵と言っても一時のことで、すぐに臆病な一面を現し、ノコノコ歩く亀にさえ殺されるとこき下ろした。そこには犯罪者に対する怒りよりも底辺、負け組と呼ばれる人間への悪意が込められていた。

『反撃のスイッチ』はスターマリオと呼ばれた最低賃金さえ保障されない労働者たちが、原沢の愛娘を誘拐するストーリーになっている。

 この作品のベースには自分自身の経験がある。主人公が灼熱の工場でチンジャオロースの素を作るシーンなどはそのままだ。何をやってもうまくいかない日々の中、年齢だけが重なっていった。トレイに混合したエリンギと豚肉を入れ、業務用エレベーターのボタンに人差し指を伸ばす。ボタンを見つめながら人生を変えるスイッチがあれば……と妄想した。それがこの物語の原点だ。

 善悪は問わず、作品を描くのに最も重要なものはエネルギーだと思っている。キャラクター造形や物語の展開にも力を入れたが、一番描きたかったのは無敵の人にさえなれない主人公たちの負のエネルギーだった。彼らは基本的に甘えの一言で切って捨てられるべき存在なのかもしれない。だが本当にそれだけか? このスターマリオたちをどう描いて面白くするかを考えた結果、何度もやり直してここに行きついた。

 ちなみにこのエッセイも推敲を重ねている。書き直しは10回を超え、最初とはまるで違うものになった。ただしうまいオチをつけようと気負って失敗し続けただけで、このエッセイに本編ほどのエネルギーが詰まっているとは残念ながら言えない。

IN☆POCKET「もうひとつのあとがき」より

【大門剛明】
1974年三重県生まれ。龍谷大学文学部卒。『雪冤』で横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をW受賞。『テミスの求刑』『獄の棘』など映像化作品も多い。

『反撃のスイッチ』 講談社文庫
ISBN:978‒4‒06‒293802‒0

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