『らんたん』評・瀧井朝世

文字数 1,018文字

楽しい女性偉人伝
(*小説宝石2021年12月号掲載)

『らんたん』柚木麻子(小学館)

 実在の人物をモデルとしたいわゆる評伝小説は、史実と、史実が分からない部分をどのように創作で埋めるか、それらをどのようなトーンで描くのか、著者の力量が問われるものだ。柚木麻子の『らんたん』は、その大成功例ではないだろうか。これがもう、一級のエンターテインメント作品として楽しませながら、当時の女性たちの奮闘が押しつけがましくない熱量で描かれ、胸に迫ってくる。主人公は著者の母校、恵泉女学園の創立者、河井道である。


 1877年、伊勢神宮の神職の娘として生まれた道。明治維新の政策の影響により父は失職、家族は北海道へと移り住み、そこで道は生涯のメンター的存在となる新渡戸稲造と出会い、さらには有島武郎と知遇を得る。やがて上京して津田梅子のもとで学び、アメリカで留学した先では野口英世と出会い……。えっと驚くような有名人が次から次へと登場する。


 帰国後、自分で女性のための学校を作りたいと願う道を支えたのは、元教え子の渡辺ゆりだ。ゆりは結婚後も家族と一緒に生涯独身だった道と暮らし、支えたという。その二人のシスターフッドも魅力的。もちろんすんなり学校を設立できたわけではなく、そこに至るまでの紆余曲折もまた楽しく読ませる。また、学校教育においては制服は不採用、校則は生徒たちで決定させる、多種多様な行事を設定するなど、斬新な方針を提起していったようだ。


 平塚らいてうや神近市子、山川菊栄らも登場する。女性の権利獲得を目指す点は一致しているものの、意見も手段も異なり、さまざまな議論も発展した。そんな先人たちの奮闘があって、今の自分たちがいるのだなと、気が引き締まる。パワフルな先輩たちに、活力をもらえる一冊なのである。

娘が見守る母とスリランカ青年の恋の行方
『やさしい猫』中島京子(中央公論新社)
 小学生のマヤの母親、ミユキさんが被災地のボランティアで出会ったのはスリランカ出身のクマさん。東京で偶然再会した後、ミユキさんがシングルだと知ったクマさんは熱烈にアプローチ。娘のことを優先したいミユキさんはすぐには応じなかったが、さまざまな出来事を経て、ようやく二人は結婚を決意。だがその矢先、クマさんのビザに問題が……。家族が直面する困難を少女の視点で追っていく。不法滞在や強制送還という現実のシリアスな問題を扱いつつ、極上の、温かい家族の物語となっている作品だ。

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