生きる理のちがう種族同士はどう恋をする?

文字数 4,346文字

小説や漫画、それに限らないあらゆる創作のジャンルにおいて、「恋愛」を描いた物語はこれまで数えきれないほど積み上げられてきました。恋愛は多くの人にとって(もちろんそうでない方もいますが)、共感を抱きやすい身近な感情であることは間違いありません。そして多くの場合、その感情は同じ人間に対して向けられています。

しかし、必ずしも私たち人間は、同じ人間のみを好きになるとは限りません。人間ではない種族のものに恋をするひとだっているでしょう。

その感情ははっきりと尊ばれるべきです。しかし一方で、種族の違いは社会・生活の両方から大きな障壁が聳え立っているのも事実。

 

それでは、生きる理の違う二者はどう関係性を紡いでいくのでしょう?

今回は新人賞受賞作のなかから、「異なる種族同士で愛情を深めようとする」二作品を紹介していきます。

~第5回~

生きる理のちがう種族同士はどう恋をする?

藍銅ツバメ『鯉姫婚姻譚』


日本ファンタジーノベル大賞2021の大賞受賞作。


物語の語り手を担うのは、弟に店の跡取りを任せて若隠居となった男、孫一郎。彼は屋敷に移り住むと、池に棲んでいた人魚、おたつに求婚をされました。孫一郎は夫婦になろうとする考えを改めさせるため、おたつに向かって「人と人じゃないものが夫婦になる話」をいくつも読み聞かせていきます。


人間である孫一郎、人魚であるおたつの関係性を描いていきながら、その関係性の変化を人間と人間ではないものが織り成す「御伽噺」に託そうとする二重構造が本書の肝となっていました。

猿のもとに嫁ぐことになった女性、八百年を生きた尼に出会った若殿、寒い季節にしか姿を見せない「つらら」のような女性と愛を契った男性、白馬を愛した女性。御伽噺に登場するものたちは人間になりたい(あるいは人間ではないものになりたい)と恋焦がれながら、その願いは毎回「定型的な幸せ」とは大きく異なる結末に辿り着いてしまいます。社会から押し付けられる規範や価値観/生活様式の差異によって、同じ種族同士でないと円満な夫婦関係は築けないのだと残酷に突きつけてくるのです。


それを孫一郎は「不幸」だと言いました。しかし、おたつは物語を生きるものたちの悲劇的な生きざまを、「幸せ」だと終始言い張ります。それはなぜでしょうか? 


この二者間が抱いた幸せ/不幸せの違いには、当事者としての意識の有無が大きく表れています。御伽噺を読み聞かせる際、「読む側」としてフラットな立場を要求される孫一郎は第三者の立場から捉えた「結末」を重視するのに対して、おたつは自由な読解を可能とする「読む側」の立場を利用して当事者の視点に立ち、自らと同じく違う種族に恋をする登場人物たちの「感情」を重視していました。御伽噺に登場するものたちは確かに表面だけを掬い上げれば死んだり離れ離れになったり、幸せになれなかったのかもしれない、しかし当事者からすればそれは幸福な行く末だったはずだ――第三者の抑圧に縛られない当事者性の肝要さを、幻想めいた御伽噺の数々にのせて伝えてくるのです。



それでは、御伽噺の「結末」ばかりを重視する孫一郎の心情は、当事者性を重んじるおたつと比べて浅はかな読解なのか? 決してそうとは言い切れません。なぜなら現実に置かれている孫一郎の立場は、物事の「結末」のみを重視せざるを得ない環境下にあったからです。


作中において若隠居している孫一郎は、店を継いだ弟の清吉、屋敷で働いている女中のおいねから、事後報告的に外側の世界でなにが起きていたのか(たとえば妻が再婚して子どももできていたこと、死んだ父親とどのような取り決めがあったかなど)を告げられていました。過程を一切知らされず「結末」しか与えられない、社会から疎外されてしまっている孫一郎の像が終始提示されています。

そして孫一郎も物語冒頭では「苦い思い出を振り返るのはやめよう」と隠居の身を自覚しており、自ら社会と自分を切り離そうとします。そこには「結末」のみを甘んじて受け入れようとする後ろ向きな姿勢が存在していました。しかし、池に棲んでいるおたつに親愛の情を覚え、彼女のいまいる世界に縛られない外を向いた知識欲や思考に触れるにつれ、孫一郎も後ろ向きな考えを改めていきます。「結末」ばかりを与えられてきた孫一郎はおたつとの交流を経て主体性を獲得して、能動的に外を向くようになるのです。清吉に向かって「飼われているみたいだ」と心情を吐露する場面は、主体性の芽生えとして象徴的でしょう。「飼われている」と気づけるのは、自らの感情を重んじているからこそ出てくる発想です。


そして物語終盤、孫一郎はおたつを駕籠にのせて湖を観覧しにいきます。おたつの旅立ちでもあるこの場面は実のところ、孫一郎がおたつによって外の世界へ導き出された、といっても差し支えありません。そして、社会から疎外されて狭い世界に閉じ込められていた二人はどのような結末を迎えるのか――その行方は、ぜひ読んで確かめてみてください。

白野大兎『サマー・ドラゴン・ラプソディ』


第4回富士見ノベル大賞の審査員特別賞の受賞作。


物語は小学五年生の水戸門茜が、自由研究の天体観測をしにいくところからはじまります。夏の夜道、好奇心旺盛な茜は田んぼの角の茂みにホタルを見つけると、父親から離れて一目散に駆け出してしまいました。ホタルの行方を追っていくと偶然見つけたのは、青色と紫の中間に近い色を放つ不思議な鉱石。持ち帰ると鉱石のなかから一匹のトカゲが姿をあらわします。しかしその正体はトカゲではなく、ファンタジーな世界観でしか目にしないようなドラゴンでした。


茜はそのドラゴンに「空」と名付け、自然あふれる故郷でともに育っていきます。ところがある日、空はドラゴンとしての暴力性を発露してしまい、襲いかかってきた熊を無惨に殺してしまいました。

怯えてしまう茜を前に空は一体どうするのか――答えは人間の青年に化けて茜の前に現れることで、暴力性の発露を抑えつつ、茜と一緒に生活する道を模索しようとするのでした。



あらすじからも「人間に愛着を抱かれるような容姿」を選択する空の行動には、異なる種族同士におけるコミュニケーションの難しさが物語られています。そして茜は「青年となった」空と相対することではじめて恋愛感情を抱くように展開が仕向けられており、この機微からはルッキズムの問題にも漸近する、「容姿によって抱かれる愛着の差異」が残酷なかたちで示されています。それゆえ空はいっそうのことドラゴンのすがたには戻れず、人間として茜のそばにいたいと望むようになるのです。


また、その視点を拡大するものとして、ドラゴンが人間に取り入りやすくするためにほかの動物に化けることのできる設定も目をひくものとなっていました。空のように人間に化けるドラゴンだけではなく、仲間のドラゴンは黒猫やペンギンなどの動物となって現実に現れます。そのため茜の周りでは(外面的には)猫やペンギンが人の言葉をしゃべりながらフランクな会話を繰り広げる状況が発生しており、非常にファンシーかつユニークな、読者からも「身近で愛着を持たれやすい」世界観を構築していました。茜と同じ感情を、読者にも抱かせるよう誘導するのです。



一方、どれだけ姿かたちを誤魔化そうとしても、空がドラゴンで茜が人間である事実からは逃れられません。『鯉姫婚姻譚』と同様、二者間には生きる時間の隔たりがあって、生きるために必要な行為も大きく異なるのだと何度も示唆されていきます。そして物語は必然的に第三者の立場から二人の別れを強制していきますが、無視される当事者の感情をどう重んじるかとなったとき、重要となってくるのが「故郷」の存在です。


空はその生い立ちから、遥か昔にドラゴン仲間と暮らしていた故郷と、茜とともに過ごした故郷のふたつが存在していました。空は茜といるためにいまいる故郷を選択しようとしますが、茜は「今の私じゃ空が自由に飛べる場所をあげることはできない」と、元いた故郷に帰ることを促します。ここで「今の私」と前置く背景には、物語中で茜が何度も吐き出す進路に対する悩み、子どもであることの葛藤が多分に含まれていました。そして子どもだからいまは面倒を見れない、その言葉は茜と共に育ってきた空に対して、子離れをさせるものでもあります。子どものときに出会い、共に育ってきた二人は大人になりきれていない子どもであるがゆえに、当事者の感情を最優先して生きていけないのです。


しかし、愛しているがゆえにそれぞれ大人になる選択をした二人が離れ離れのまま終わるわけにはいきません。それに空にとって(もちろん茜にとっても)、二人で過ごした場所がかけがえのない「故郷」であることも事実です。

二人は大人になり選択権を手に入れることで、主体的に「故郷」に帰ってくることを可能とします。最終的に選んだ茜の進路は、そして最後に姿を見せた空自身が彼と彼女の成長をはっきりと物語っていました。


青春小説としての成長を描きながら、生きる理の異なる二者がどうすれば共に生きていけるか、描き切った小説です。

今回は種族の違う二者間の関係性を描く二作品を紹介していきました。


どちらも「生きる世界の違いによる困難が立ち塞がっている現実」を提示しながら、最終的に当事者の感情を優先させようとするところに力強さがあります。

そして、恋愛において幸福かどうかを決定するのは第三者ではなく自分自身だ、と主張していくのは、ファンタジーな世界を生きていない私たちにも共通するものでしょう。


「異なる生き方の人間とどう向き合っていくか」「幸福を定義づけるのは誰か」は、わたしたちの日々を取り巻くコミュニケーションにも通ずる問題でもあるのです。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第5回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――
若くして隠居した孫一郎は、屋敷に住んでいた人魚、おたつと出会い、彼女から求婚をされた。まだ若いおたつをどうあしらうか悩む孫一郎はおたつに向けて、「人と人じゃないものが夫婦になる」物語をいくつも読み聞かせていく。

天体観測をしにいった夜、水戸門茜が偶然拾ったのは一匹のドラゴンだった。ドラゴンに「空」と名付けた茜は彼と親睦を深めていくが、やがて別れの時が訪れて……。

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