犯罪精神医療の難しさと限界を描く/『刑期なき殺人犯 司法精神病院の「塀の中」で』

文字数 1,421文字

どんな本を読もうかな――。

そんな悩みにお答えすべく、「ミステリー」「青春・恋愛小説」「時代小説」「エッセイ・ノンフィクション」のジャンル別に、月替わりで8名の選者が「今読むべきこの1冊」をオススメ!


今回は高橋ユキさんがとっておきのエッセイ・ノンフィクションをご紹介!

高橋ユキさんが今回おススメするエッセイ・ノンフィクションは――

ミキータ・ブロットマン著『刑期なき殺人犯 司法精神病院の「塀の中」で』

です!

 アメリカ・メリーランド州保健精神衛生局のクリフトン・T・パーキンス病院センター(通称・パーキンス)は、同州唯一の最重度の警備に守られた司法精神科施設だ。単なる病院ではなく、精神疾患を持ちながら、犯罪を犯した者たちが収容されるため、〈スタッフが患者の個室以外のすべての場所を常に監視できるように設計されている〉という。


 作家で精神分析医のミキータ・ブロットマンはこの病院で2013年4月から2016年半ばまで、患者向け読書会を主宰していた。本書は、2週間ごとに開かれていたその「フォーカス・オン・フィクション」を通じて交流が始まった〈刑期なき殺人犯〉、ブライアン・ベクトールドにフォーカスしたノンフィクションだ。第1回のミーティングから参加していたブライアンを著者は〈頭がよくて上品な言葉遣いをする礼儀正しい男性だと思った〉という。そんな彼がパーキンスに収容されたのは1992年。23歳の頃に両親をショットガンで殺害したことによる。5人きょうだいの末っ子として生まれた彼は、怒りに任せ家族を虐待するアルコール依存症の父親と、それに耐え、また時折みずからも奔放な言動で子どもを傷つける母親のもとで育った。犯行後に警官に両親殺害の動機を聞かれ、彼は言った。


「頭がおかしくて、取り憑かれていたから」


 そして自供は「神の指示」だと語った。通常であれば起訴され裁判となるはずだが、精神鑑定で妄想型の統合失調症を患っていると診断され、パーキンスへと収容されたのだった。


 犯行時に責任能力はなかったとして不起訴になった者は、刑罰を受けることを免れたと見られがちである。しかし、本書に詳しく記されたブライアンのパーキンスでの生活を読めば、それは間違いだとわかるだろう。同所の患者たちは定期的に警備レベル再検討のための精神鑑定を受け、医師が判断を下す。軽警備の病棟に移ることができる者もいれば、現状維持の者、または病状悪化とみなされ重警備の病棟へと移される者もいる。ブライアンは犯行に至るまでの数年間こそ、統合失調症様の症状が見られたが、その後は改善したと自覚しており著者もそう感じていた。ところが医師らは彼の言動全てを“病に由来するもの”という目線で捉える。彼は責任能力ありとみなされ刑務所送りになる覚悟で脱走を図るが、失敗してますます処遇は悪くなり、パーキンスを相手取り本人訴訟に踏み切るも、敗訴してしまう。


 普段私たちは、医師に病気を診てもらうが、精神疾患の場合、寛解の判断は医師によって大きく異なることを本書は示す。


 ブライアンはいまも、パーキンスにいる。

この書評は「小説現代」2022年10月号に掲載されました。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)

1974年生まれ。女性の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成(現在は解散)。『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』などを出版。著書に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』『暴走老人・犯罪劇場』『つけびの村』『逃げるが勝ち』。

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