隣人X/パリュスあや子

文字数 1,479文字

大好きな小説のPOPを一枚一枚、

丁寧に描きつづけた男がいた。


何百枚、何千枚とPOPに”想い”を込め続けるうちに、

いつしか人々は彼を「POP王」と呼ぶようになった……。



……と、いうことで、”POP王”として知られる

敏腕書店員・アルパカ氏が、

お手製POPとともにイチオシ書籍をご紹介するコーナーです!


(※POPとは、書店でよく見られる小さな宣伝の掌サイズのチラシ)

「隣りは何をする人ぞ」

……身近な存在であるほど無性に気になる。

集合住宅に住んでいても近所付き合いは乏しくなる一方。誰ともすれ違わない日も珍しくなく、とにかくほとんど顔が見えないのだ。

わずかな生活音から想像する隣人たち。不安が募り妄想が膨らむと感性も研ぎ澄まされる。周囲に住むのは言葉の通じない人なのか、もしかしたら異星人なのかもしれないし、この世のものではないかもしれない。

街に出れば表札のない家々。締め切った窓の行列。音もなく車は走り、電車に乗ってもまったく同じ表情で携帯端末を凝視する人々。理不尽な事件が横行し説明のつかない病魔にも脅かされているこの世はすでに、不気味で真っ黒な霞に包み込まれている。
『隣人X』はそんな閉塞感のあふれる闇から生まれ出た物語だ。揺らぎ捻れ歪んだこの世界を見事なまでに描き切っている。

冒頭に登場する「惑星難民X」と名づけられた地球外生命体こそが名前の知らない隣人かもしれないし、異星から地球にたどり着いた自分自身なのかもしれない。こう考えだすと恐ろしさに拍車がかかる。

生きづらさを象徴するような悩みを抱える三人の女性を軸にストーリーは展開するが、描写がとことん細やかでテーマはとにかく豊かだ。社会派エンタテイメントであり近未来小説でもありホラー色の強いSFとしても読める。この奥行きの深さは特筆ものだ。

読みながら一枚の名画のイメージが重なった。長きにわたりフランシスコ・デ・ゴヤ作とされていたプラド美術館所蔵の『巨人』だ。

200年以上前に描かれたこの名作は圧倒的な迫力がある。画面に大きく出現した謎めいた巨人の存在は、世界を覆い尽くす重苦しい空気を感じさせ、その足元で逃げ惑う小さな人々の群れは、逆らうことのできない運命の中でひたむきに生きる無力な人間たちの象徴にも見えるのだ。

個人の力ではどうにもならない規範。群衆となってもびくともしない社会。得体の知れない巨大な何かに支配され小さな領域で悲喜劇を繰り返すちっぽけな人類。

作品に込められメッセージが不思議なくらい明確なビジュアルとなって飛び込んできた。こういう読書体験も稀有である。

この物語は自我とは何か?プライドとは何か?を耳元で問いかける。

作品の中で容赦なく丸裸にされる現代社会。不安に満ちた時代の空気もそのままに、全編から伝わるのはざらついた違和感たちだ。異なるものの存在から日常のリアルがダイレクトに伝わり、綱渡りのような危うい対人関係から人間そのものを形成する要素も見えてくる……

斬新かつ鮮烈なアプローチで問われるアイデンティティ。まさしく読むものの価値観をガラリと変えるパワフルな一冊だ。率直にして生々しい筆遣いは強くて確か。

この世界の病理を俯瞰するような視線を持ったパリュスあや子、恐るべし!

『隣人X』(パリュスあや子)は「小説現代」2020年5月号に一挙掲載中!


また、『隣人X』の冒頭を漫画で読める記事はこちら!

『隣人X』(パリュスあや子) 漫画/藍川ユヅル

POP王

アルパカにして書店員。POPを描き続け、王の称号を得る。最近では動画にも出たりして好きな小説を布教しているらしい。

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