第1話 本屋Title

文字数 1,926文字

書店を訪れる醍醐味といえば、「未知の本との出合い」。

しかしこのご時世、書店に足を運ぶことが少なくなってしまった、という方も多いはず。


そんなあなたのために「出張書店」を開店します!

魅力的な選書をしている全国の書店さんが、フィクション、ノンフィクション、漫画、雑誌…全ての「本」から、おすすめの3冊をご紹介。


読書が大好きなあなたにとっては新しい本との出合いの場に、そしてあまり本を読まないというあなたにとっては、読書にハマるきっかけの場となりますように。

第1回は、東京・荻窪の「本屋 Title」さまにご紹介いただきます。

「自分自身になること」をテーマにした3冊です。

『影との戦い ゲド戦記Ⅰ』 

アーシュラ・K. ル=グウィン/作  清水真砂子/訳

(岩波書店)

 「ゲド戦記」の舞台は「アースシー」と呼ばれる多島海。全六巻のスケールの大きな物語だが、一巻ずつが独立した話ともなっている。まずはすべてのはじまりでもある『影との戦い』を手に取ってほしい。

 物語の鍵となるのは「名前」と「影」。アースシーの世界では、人は通常の「通り名」以外にも、「真(まこと)の名前」を持っている。名前はその人そのものを表し、力の源泉でもあるから、真の名前を知ることで、相手を意のままに操ることもできる。

 一方「影」は暗黒の闇のように不気味で、どこか人間に近い存在だ。ゲドは生まれつき並外れた魔法の力を持っていたが、それだけうぬぼれも強く、その“うぬぼれ”が影の力を呼びおこす引き金となってしまった。ゲドは影との戦いを通して、自らの弱さを克服し、自分自身に目覚めていくが、それは真の名前にたましいが入っていく過程のようにも思える。

 この自分自身になるという主題は、『影との戦い』以降の、「ゲド戦記」の物語にも引き継がれる。本を読むあいだ、お前は何者だという声が、常に耳元でこだましていた。ファンタジーを読んでいるはずが、自らの内的世界を覗きこんでいるような作品である。

『人間の土地』

サン=テグジュペリ/作  堀口大學/訳

(新潮社)

 サン=テグジュペリは『星の王子さま』が有名だが、この『人間の土地』は、彼の原風景を見るような本で、人間の精神が持ちうる気高さに圧倒される。

 サン=テグジュペリが職業飛行家として、ヨーロッパや西アフリカ、南米の空を飛んでいた二十世紀前半、空はまだ現在のようには開拓されておらず、その飛行は常に危険と隣り合わせだった。彼の同僚だったギヨメはアンデス山脈の高地に遭難し、吹雪の中五日間迷い続けたし、サン=テグジュペリ自身も、サハラ砂漠の真っ只中に不時着し、一滴の水もなしに三日間歩き続けた。そうした過酷な体験こそが、彼らの独特な、不屈ともいえる精神を作り上げていった。

 ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。

 限りなく死に近い状況に追い込まれても、まだそこに残っていた、人間としての一握りの尊厳。その最後の一線に触れてしまったとき、人は何を思い、その体験は人をどう変えていくのだろう。

 職業人としての誠実さ、冒険者のもつ勇敢さが詩情豊かな文章で綴られる、人間探求の書。
『親愛なるキティーたちへ』

小林エリカ

(リトルモア)

 一九四二年六月、ナチス・ドイツによるユダヤ人の虐殺が激しさを増すころ、十三歳のアンネ・フランクは誕生日のプレゼントとして、たくさんの贈りものとともに、そのボール紙表紙の日記を手に入れた。同じころ日本でも、すでにアメリカを相手にした戦争に突入しており、著者の父である小林司も、時代に翻弄されながら十六歳の青春を生きていた。

 この本は同時代を生きた二人の若者の日記に背中を押されるようにして、ベルゲン・ベルゼン、アウシュビッツ、ベステルボルク、アムステルダム、フランクフルトと、アンネの足どりを遡った旅の記録である。

 ほんとうなら、もっと違う人生を歩んだかもしれない一人の女性。アンネの勇敢な一生にこだわることは、著者にとって自らの生の実感を確かめる、大切な支えとなっていたのだろう。旅の十七日間は、息をひそめて歩くような張り詰めた時間であっただろうが、それだけ路傍の花や、ホテルやレストランでの何気ない記述が身に染みてくる。

 自らにとって切実なものから目をそむけないこと。

 冒険の時代は過ぎ去り、わたしたちは平板な時代を生きているかもしれないが、大切なのは自分自身の完成へとつとめることだ。

本屋 Title (東京・荻窪)


撮影:平野愛

一階が本屋とカフェ・二階がギャラリーの、新しい、けれど懐かしい新刊書店。

「自分の街にあったら楽しいだろうな」と感じられるお店です。

https://www.title-books.com/

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