『PK 新装版』解説/大森 望

文字数 1,769文字

イラスト/蓮村
伊坂幸太郎 講談社文庫三作新装版 三ヵ月連続刊行の第3弾は、「PK」「超人」「密使」からなる〝未来三部作”、『PK 新装版』です

書評家・大森 望さんの「新装版解説」をトクベツ掲載!

新装版への解説/大森 望(文芸評論家)


「今から思えば」大臣は半分、意識せずに洩らした。「試されていたのかもしれない」

「何を試されたんですか」秘書官がすぐに質問してきた。

「たとえば」大臣は少し間を空け、考えた後で、「たとえば、勇気の量を」と言う。

(本書所収「PK」より)



 カタールで開かれた2022年のFIFAワールドカップ。初のベスト8進出がかかる決勝トーナメント一回戦で、日本はクロアチアと120分戦って1‐1の同点。試合はPK戦(ペナルティー・シュートアウト)へともつれこみ、日本は1‐3で敗れた。二番手でPKを蹴り、ゴールキーパーに止められてがっくり肩を落とす三笘薫。その三笘に駆け寄って右手を差し出したのは、小学校時代から一緒にプレーしてきた幼なじみの田中碧だった。この二人は、グループリーグのスペイン戦で日本に逆転勝利をもたらしたコンビ。ゴールラインぎりぎりで三笘が折り返したボールを田中碧が決めたプレーは、〝三笘の一ミリ〟と呼ばれて世界的に話題になった。


 一方、本書『PK』の表題作「PK」は、同じカタールで開かれた日本代表の大一番で幕を開ける。いつ試合終了の笛が吹かれてもおかしくないアディショナルタイム。フォワードの小津は決定的なゴールを決める寸前、うしろから倒されてPKを得る。ペナルティーマークにボールをセットした小津に、小学校時代から一緒にプレーしてきた幼なじみの宇野が歩み寄る……。


 まるで未来を予見したような場面だが、作中の試合はワールドカップ本番ではなくアジア最終予選のイラク戦だし、PK戦ではなく試合中のPKだから、違うと言えばぜんぜん違う。そもそも作中で描かれる2002年W杯の開催国は日本と韓国ではなくフランスなので、時代どころか世界線が違っている。


 それでも、2022年十2月6日未明、クロアチアとのPK戦をABEMAの生中継で観ながら僕がなんとなく思い出していたのは伊坂幸太郎の「PK」だったし、これからも重要なPKの場面に遭遇するたびに「PK」のワンシーンを思い出すような気がする。実際には起こらなかった出来事を見てきたように描ける小説だからこそ、そこには一種の普遍性があるのかもしれない。


 ……というわけで本書は、『魔王』『モダンタイムス』の新装版につづく、『PK』新装版。旧版の解説を書いたのはつい二、三年前のような気がするが、旧版の奥付を見ると、初刊からもう八年四ヵ月も経っている。単行本の刊行から数えると11年だから、もう一昔以上前か。光陰矢のごとし。


 とはいえ、中身が変わっているわけではないので、昔の解説につけ加えることはあまりないが、『魔王』『モダンタイムス』とつづけて『PK』を読んでみると、三部作とは言わないまでも、ゆるやかなつながりがあることに気づく。


 たとえば表題作「PK」は、冒頭に引用した一節でもわかるとおり、〝勇気の量〟を試される中編だが、これは『モダンタイムス』の書き出しの有名な一節「実家に忘れてきました。何を? 勇気を」とそのまま重なる。〈この小説は、「勇気はあるか?」という質問に対するもうひとつの答えにたどりつくまでの長い道のりの物語だとも言える〉と『モダンタイムス』新装版への解説に書いたが、それは『PK』でも変わらない。


 大きな力に抗って、個人に何ができるか? それが、『魔王』『モダンタイムス』『PK』の三冊に共通するテーマなのである。

★この続きは『PK 新装版』でお読みください!
人は時折、勇気を試される。
落下する子供を、間一髪で抱きとめた男。
その姿に鼓舞された少年は、年月を経て、今度は自分が試される場面に立つ。
勇気と臆病が連鎖し、絡み合って歴史は作られ、小さな決断がドミノを倒すきっかけをつくる。
三つの物語を繋ぐものは何か。
読み解いた先に、ある世界が浮かび上がる。
『魔王 新装版』解説はこちらから↓↓
『モダンタイムス』解説はこちらから↓↓

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